INTEGRAL INFINITY : ボク達食べ盛り

【名前編】

「ヤナギバユキヒラ、だなんて出来過ぎた名前」
 調理室の流しで鍋を洗っている男の後ろ姿を眺めながら、源二郎は呟いた。
「そう言う君の『海原源二郎』も相当だよ」
 小さい声だったにも関わらず、行平には聞こえていたらしい。
「……そんなこと言われたのは初めてだよ」
 全くの偶然だが、源二郎の氏名は有名漫画の美食家の組み合わせなのだ。名字はともかく、名前の方が解る者は、彼らの世代では相当珍しいのではなかろうか。
「そりゃあ僕、小学生の時から筋金入りの料理漫画好きだったし。片っ端から読破したな」
「お前、絶対に漫画のトンデモ料理試してみたクチだろ」
 源二郎の揶揄に行平が笑う。声を漏らさないあたり、思わせぶりだ。
「まー今ではちゃんとした料理本読む方が楽しいよ」
「当たり前だ。俺にまでトンデモ料理食わせる気か」
「源二郎、毎日のようにここに来るもんねぇ」
「行平とダチやってるメリットなんてそれぐらいだろ」
 源二郎が自分の部活動終了後、調理部のつくったものを食べに来るのは結構有名だ。しかも名前に恥じず味覚が鋭く、的確な指摘をしてくるので部員達からは歓迎されている。
「酷いなぁ、褒めてくれてるんだろうけど。他にもメリットあるでしょ」
「世間一般から見りゃデメリットだ、アホ」
「まーた、そんな。いつも最後は自分から『食べて』って言うくせに」
「ゆゆゆ行平ぁ!!」
 源二郎は咄嗟に投げつける物を探したが、周りには割れ物と包丁しか無いので、すんでの所で我慢した。
「あーもう、可愛い。学校じゃなかったら速攻料理してたのに」
「お前、料理人としては最低だよっ」
 それでも源二郎が行平とのつきあいを止められないのは、彼がくれる二種類の快楽に溺れきっているからかもしれない。

 

(2006/02/17)

ボク達食べ盛り/目次

――本当に、たったこれだけの思いつきで始めた掌編シリーズ。