【調理部の日常編】
「たのもーっ」
元気の良い声がすると同時に調理室の引き戸が開く。二年の海原源二郎が調理部に「作品」を食べに来るのは、もはや恒例行事となっていた。
「センセ、今日のメニューなに?」
「あらあら、今日も張り切ってるわね」
顧問の宮内教諭は「男の子はやっぱり活発じゃないとね」という自らの主張に当てはまる源二郎を気に入っていて、部外者である彼の訪問を歓迎してくれている。
「今日はパスタなのよ。事前にグループごとに具材を決めて、それぞれ違うものを作ったの」
「パスタ! 好き、すっげぇ好きよ」
「海原にはしっかり判定してもらわないとね。手始めにうちのグループの、食べてよ」
源二郎の袖を引っ張ったのは隣のクラスの篠原瑞姫だ。さっぱりした性格で、良い意味であけすけなので調理部員の中では仲が良い方だ。
「お、旨そう。鮭?」
「スモークサーモンのぺペロンチーノスパゲティにしてみました。はい、フォーク。スプーンは?」
「面倒くさいから要らねぇ」
瑞姫からフォークを受け取るなり、源二郎は目の前の料理を食べ始めた。具と一緒に器用にスパゲティが巻き取られるのを、他のグループの部員達も固唾をのんで見守っている。
「どう?」
「……麺とか茹で加減は巧いけど、塩辛すぎる」
「あちゃあ、やっぱサーモン入れすぎだったか」
「そうだな、この三分の二ぐらいでいいんじゃねぇの? あと個人的には緑のものが欲しい。鮭だけじゃ単調」
「はいはい。いつもご協力ありがとね」
瑞姫の番が終わったのを見るや、「私達のも味見して」とばかりに次々とパスタの皿が並べられた。流石に全て食べるのは無理なので、皿から少しずつ取りながら味見をする。
源二郎が感想をメモしていると、瑞姫が自分のぶんのパスタを隣で食べ始めた。
「うわ、仰る通り結構しょっぱいわ」
「だろ?」
「本番までに何回か調整が必要ね。他の具の検討もしなきゃ」
「しのはら〜、お前、彼氏にでも作ってやるつもり?」
「なっ……か、家族よ!」
瑞姫の語調はむしろ源二郎の勘繰りこそ当たりと言っているようなものだ。自分でも気付いたのか、彼女は強引に話題転換を図る。
「海原、今日は柳葉いないのによく来たわね」
「行平は委員会だろ。クラスメイトだから知ってるよ。でも別にさ、アイツいなくても料理は食わしてもらえるじゃん」
「ふーん」
瑞姫が気のない返事を返す。「知ってるのよ私」と言いたげな視線。
「あんた本当は柳葉の料理食べに来てるんでしょ」
思わず、背筋のあたりが寒くなる。ただの友達どうしと言うにはあまりにも枠からはみ出しすぎた行平との関係は、瑞姫にだって知られたくない。
「そりゃあ料理の腕は行平がダントツだし? 篠原も知ってると思うけど俺って美食家だからー」
「カイバラだけに? まぁあながち嘘じゃないしね、実際あんたって味にうるさいし指摘もほぼ的確だし、調理部としては部員のスキル向上に繋がるからしぜん歓迎ムードになるのよねぇ」
話題を逸らせそうだ、と源二郎がほっとしたところに瑞姫が爆弾を落とす。
「だから海原、柳葉に美味しいもの一生食べさせてもらいなさいよ」
「――ごほっ!」
勢い余ってペンネを噛まずに飲み込んでしまった。しかも、嫌な感じに気管をかすめた。
「あらやだ、からかいすぎた?」
「み、水! 水くれ!」
源二郎が呻くと、一年部員が素早くコップを差し出してくれた。彼女に瑞姫の爆弾発言を聞かれてやしないか、と思うと、水を飲んだ後も源二郎の気持ちは落ち着かないのだった。
(2006/02/18)
ボク達食べ盛り/目次