INTEGRAL INFINITY : ボク達食べ盛り

【ひな祭り編】

「なー行平、今日の調理部何つくるんだ?」
「宮内先生レシピのひなケーキだよ」
「ケーキ? 旨そうだけど腹たまんなそー。ところでひなって何?」
 源二郎が訊くと、行平はおひな様のひなだ、と答えた。
「あ、そう言や今日ってひな祭りなんだな。俺んち姉ちゃんも妹もいないから、存在すっかり忘れてた」
「僕も一人っ子だけど、調理部は女子ばっかりだからね」
 行平は女子の群れの白一点、唯一の男子調理部員だ。しかし料理の腕は他の部員の誰にも負けない、と源二郎は思っている。彼はこの高校では味覚の権威だ。
「そもそもひな祭りって何食うもんだっけ?」
「菱餅や、ひなあられや、甘酒とかかな」
「餅なら腹一杯になれそうだな。終わったら焼いてくれよ」
――何しろ、源二郎の思考はほぼ全て満腹中枢を満たす事に繋がるのである。食べても体重が変動しない体質でなければ今頃どうなっていたのやら。
「うちだっておひな様飾らないから、菱餅は買ってないよ。でも、昨日はこういうの作った」
 行平が出してきたのは、紙袋に入ったあられだった。
「ご飯さえあれば結構簡単みたいだったし、試しにね」
「おっ、食わせろ食わせろ」
 行平の作ったあられは揚げすぎで苦いという事も無く、まぶした砂糖でほんのりと甘い。
「……流石だな。旨いよこれ」
「ありがとう」
「それにしても、次から次へと思いつくよな、料理するネタ」
「だって、好きな人が喜んで食べてくれるから」
 極上の笑みと共に殺し文句を言われ、源二郎は顔を赤くした。
「ねぇ、今日の部活終わったら、うちに遊びに来ない?」
「え、いきなりいいのか?」
「両親、この冬最後のスキーだ、とか言って、今日から今週末いないんだよ。そうだ、ひな祭りってちらし寿司も食べるみたいだし、それ作ってあげるよ」
「やりぃ! 俺の、錦糸卵たっぷりな」
「ちゃんとした白酒も用意してあるんだ。甘酒とよく間違えられるけど」
 酒、と言う単語に、源二郎の眉がぴくりと動く。
「……お前、もしかしなくても、用意周到に何か企んでるだろ」
「さぁ? 何の事かな」
「未成年は飲酒禁止。俺は呑まないぞ」
「何でいきなり良い子に!? ショック……酔った源二郎を堪能したかったのに」
 どうやら源二郎の嫌な予感どおり、行平はよからぬ事を企んでいたらしい。ひょっとしたら両親の不在も彼が仕組んだ可能性がある。
「お前んちに行くのもやめようかな」
「それはやだ! ケーキあげないよ?」
「うっ……」
 行平の下心は見え見えなのに。食べ物を出されると源二郎は弱い。
――彼の思考は食欲中心、なのだから。

 

(2006/03/04)

ボク達食べ盛り/目次

 当時、ぎりぎりひな祭り当日に脱稿が間に合いませんでした……拍手から下ろして以来ずっと公開停止していましたが、やっと次のひな祭りが来たので、ちゃんと当日中にアップ。