INTEGRAL INFINITY : ボク達食べ盛り

【過去編 - 友情の始まり(完全版)】

 昨日遅くまでゲームに熱中していた事を源二郎は死ぬほど後悔していた。
 いつもの時間を大幅に寝過ごして朝食を食べる暇は無し。全速力で走って時間ギリギリに教室内に滑り込んだは良いものの、休む間もなく始まった一限目は体育。
 しかも、長距離走。
 比喩でも何でもなく、本当に腹が減りすぎて死んでしまいそうな気分なのだ。
(ちくしょー、胃のあたりがムカムカする……あ、今、やべーかも――)
「おいっ、海原!?」
「保険委員!」
 意識はスローモーションでブラックアウト。
 最後に視界に入ったのは、源二郎の身体を抱え上げた誰かの体操着だった。

「う……あ…………」
「先生! 海原、気が付いたみたいです」
 ゆらゆらと何かが揺れている――と思ったのは、保健室のベッドの周囲を囲むカーテンだったらしい。
「大丈夫? 自分のクラスと名前は言える?」
「一年C組、海原源二郎」
「じゃあ私が立てている指の本数は?」
「四」
 意識はしっかりしてるみたいだね、と保険医は言った。
「海原、気分はどう?」
 保険医の隣に立っていた、体操着姿の少年が源二郎に声をかけた。お互い顔は知っている、と言う程度のクラスメイト、柳葉行平だ。
「お前、何でここにいんの?」
「僕がうちのクラスの保険委員だよ。君に付き添うよう先生から言われてて」
 今の時刻を行平に尋ねると、もう一限も終盤に入った頃だった。
「お前も授業サボらしちまったな。ごめんな」
「いいよ。長距離なんてだるいもん」
「こら柳葉君。森下先生に言いつけるよ――海原君、教室に戻れそうかい?」
「無理……俺、起きあがれない……」
 弱々しい源二郎の言葉に、保険医も行平も顔色を変える。
「――腹、減った」
 シリアスな状況は一秒も保たなかった。
「何だ、そう言うことだったの?」
「朝からほんと、何も食って無いんす」
「購買で何か買ってこようか?」
 うん、と頷きかけた源二郎だが、困った問題を思い出してしまった。
「しまった。急いでて財布置いてきたかも」
 見る見る絶望的な表情になる源二郎。行平はそんな彼を見て、はたと何かに思い当たったらしい。
「海原。ちょっとまってて」

 戻ってきた行平は小風呂敷に包まれた何かを持っていた。
「先生。ここでちょっとだけ飲食許可してもらっていいですか?」
「本当は良くないけどね。重病人がいるから特別に許してあげよう」
 保険医曰くの「重病人」であるところの源二郎は顔を赤らめた。保険医は二人にベッドを汚さないよう注意すると、用事があるとか言って保健室を出ていった。
「ほら海原。食べなよ」
「これ、弁当?」
「うん」
「いいのか? お前の昼飯だろ」
「違うよ。僕のぶんは別。それ、作りすぎて余った奴を部の人達に味見して貰うつもりで持ってきた奴だから」
「じゃあ遠慮無く食べていいんだな――ちょっと待て。『作った』? もしかしてお前が?」
 そうだよ、と行平はけろりとした顔で言った。
「だって僕、調理部だし」
「ええっ!」
 そりゃあ、料理人は立派な男の職業だが、高校の部活でわざわざ調理部を選ぶ男子は初めて聞いた。
 源二郎は恐る恐る弁当を開封した。弁当箱は小さいが漆塗りの、二段重ねのお重だった。
(うわ。外箱だけじゃなくて、中身もすげー)
 入っていたおかずはいかにも正統的な和食の弁当のものだった。下の段も確認すると、綺麗な俵型にまとめられたおにぎりにゆかりやごま塩が振ってある。
 最初に箸でつまみ上げたのは、断面の艶やかな出汁巻き卵。男らしく豪快に口に放り込む。
「どう?」
「う……うめぇ〜っ!!」
 あまりの美味しさに勢いづいた源二郎は、物凄い勢いで行平作の弁当をかっ込んだ。そんな彼を行平は半ば圧倒されながら眺めている。
 重箱は十分も経たずに空になった。
「ごっそーさん! ほんと旨かった! 最高!!」
「よ、良かったよ。人助けになって」
「柳葉ってマジで料理上手いのな。どれも変わった隠し味使ってるみたいだけど、変になってないし」
「え。海原、判ったの?」
「まぁな」
 それから源二郎はおかず毎に味の感想と隠し味予想を述べていった。
(全部正解――あんなに早く食べてたのに。海原ってひょっとして物凄い味覚の持ち主なのかも)
 今まで「単なるクラスメイト」だった源二郎の存在が、行平の中で一気に格上げされた。
「ねぇ海原。良かったら僕の料理を時々味見してくれる?」
「マジ!? 柳葉の料理だったら大歓迎。こっちからお願いしたいぐらいだぜ」
「じゃあ、これからよろしく」
 そう言いながら行平は、源二郎の顎にくっついたご飯粒を摘み取って、自分の口に入れた。

 

(2006/04/04)

ボク達食べ盛り/目次

 本当の本当に、拍手から降ろすまで話の冒頭が抜けてることに気付きませんでした。いくら何でもそりゃ馬鹿すぎやしないか。と言うことで、これが完全版です。