INTEGRAL INFINITY : ボク達食べ盛り

【唐揚げ編】

 高温の油に食材が滑り込んだときの、華やかで美味しそうな音が調理室じゅうに響いている。
 部員達は皆真剣に調理に没頭していて、いつものように入ってきた源二郎には誰も注意を払わなかった。
 勿論、源二郎とて揚げ物の危険性は十分承知しているから、邪魔にならないよう慎重に目的の調理台へと向かう。

 普通、調理部では何人かでグループを作って料理するが、行平はただ一人の男子部員だからか、それとも突出した能力ゆえなのか、大抵一人で全ての作業をこなしている。
 今日も一番奥の台で、一人で鶏の唐揚げを揚げていた。
(うわ、美味そー……)
 調理バットの上には既に幾つか、綺麗な茶色に揚がったものが載っている。
 源二郎はコッソリと引き出しを開けると箸を取り出し、できたての唐揚げを一つ掴んで豪快に口に放り込んだ。

「あぁーーーちーーいーーーーーっ!!!」

 物凄い叫び声に、部員全員の手が止まる。
「あらあら、一体何事なの?」
 宮内教諭が悲鳴の発生源を確かめると、そこにはひぃひぃ言いながら水を飲む源二郎と、物凄い剣幕で説教している行平の姿があった。
 この間、各台で幾つか黒こげになった唐揚げの犠牲が出たらしい。

「ほんっっとに馬鹿だよね、源二郎って」
 部活が終わって下校する時も、行平の怒りは収まってはいなかった。源二郎はペットボトルのミネラルウォーターをひっきりなしに飲みながら、行平の二歩後ろを歩いている。
「普段から試食はちゃんと断ってからにしろ、って言ってるのに。君が悲鳴あげた時、驚いた部員がミスしたら大惨事になってたかもしれないんだよ?」
「うぅ……スイマセン」
「第一、揚げたてをいきなり一気食いなんかする? 口の中火傷するに決まってるじゃないか」
 全く、行平の言うとおりだった。源二郎が唐揚げを噛んだ瞬間、含まれていた熱い油が飛び出して、彼の口内はそれは酷いことになってしまった。
「痛ぇ……まだ、どこもかしこもひりひりする」
 暫くは何か食べるたび、患部に当たって痛むだろう。食欲第一の源二郎にとってそれは何よりの苦しみだ。
 どう考えても自業自得だが。

「口ん中の火傷じゃ薬もつけらんねぇよなぁ。あー、唾つけときゃ治る、ってアレに期待するっきゃねーかぁ」
「――あぁ、それは良いかもね」
「唾ならほっといても出てくるしな」
 しかも、口内だから舐める必要もない。唾液の治療効果がいかほどのものか源二郎には解らなかったが、それに縋るしか無さそうだ。

「いや、僕が塗ってあげるよ」

 行平は突然立ち止まり、源二郎の方を向いた。
「はぁ? どうやって?」
「こうやって」
 いきなりキスされ、驚いた源二郎は持っていたペットボトルを地面に落としてしまう。僅かに残った水がアスファルトに染みを作った。
 行平は丁寧に、と言うより執拗に源二郎の口の中を舐め回した。
――火傷した箇所がざらざらする。
「こ、公共の場所で何しやがんだっ!!」
 解放された途端、源二郎は行平に対して怒鳴った。
「人がいないのはちゃんと確認したよ」
「そう言う問題じゃねぇー! お、お前は平気かもしんないけど、俺は恥ずかしいんだっ」
 それは良かった、と行平は笑う。
「お仕置きにもなったみたいだしね」
 今後は絶対に行平の言いつけを破るまい、と源二郎は心に誓った。

 

(2006/05/13)

ボク達食べ盛り/目次

 我が家は唐揚げ粉を使った唐揚げしか作りませんでした――過去形なのは引っ越し後、母が新しいキッチンで揚げ物をするのを拒んだからです。