【bagel * bagel】

「やっぱうめー、このベーグル」
　ミズの大好物はベーグルだ。呆れるぐらい頻繁に食っている。
「チョコチップ入りでもしつこくねーから、オレンジチョコレートクリームチーズにも合ってるし。ってか最初は何ソレ、って思ったけど、オレンジとチョコって相性いいのな」
「スタバのモカバレンシアだってチョコとオレンジだ」
「へー、知らなかった。確かに似た系統の味かもな。でさ……」
　ミズは相変わらずのベーグルについて語りまくっている。ミルキーストロベリーとラムレーズンクリームチーズの組み合わせは絶品だった、という話は二月に入ってから三日で聞き飽きた。俺としてはあの甘ったるい匂いが昼メシのもの、というのがどうにも耐え難かったのだが（いや、我慢したけど）今月もまた甘系なのは、拷問か。こいつハマったものは一点食い傾向にあるし。
　だいたい、俺自身はベーグルのあのみっちり詰まってもそもそした感じの食感が苦手なのだが、このベーグル狂が目の色変えて怒るだろうからカムアウトはしていない。
「ほんと、月限定のベーグルとクリームチーズはどれも外れがねぇんだもんな。先月の――」
「ミルキーストロベリーより、十二月のパンパニッケル（ライ麦）とロックス（鮭）のほうが未だ昼メシっぽかったけど」
「おー。セイ、憶えてるなんてすげー」
「お前人のこと洗脳してる自覚無いだろ」
「たらし込んでる自覚はあるんだけどな」
　待て。今さりげにとんでもないこと言わなかったかこいつ。
　その時、俺はある重大な事実に気が付いた。
「ミズ、それ一口食わせて」
「え、ベーグル？　お前まだコロッケパン食い終わってねーじゃん」
　俺は根っからの甘党だが、メシと菓子の区別には我ながら異常に厳しい。調理パンを食ってる途中に菓子パンを食べるだなんてあり得ない。匂いを嗅ぐのも嫌だ。
　けど、今だけは我慢しなくては、手遅れになる。
「いいから、よこせ」
「あーっ！」
　あいつの返事を待たずに、俺はミズの腕を強引に掴んで、ベーグルの端を食いちぎった。
　やっぱり水分足りねぇな、これ。でも確かにクリームチーズは絶品かもしれない、と俺も思う。チョコレートの甘さとあと、柑橘系の爽やかさが何とも言えず旨い――チーズ本来の味は全くしないが。
「おまっ、何すんだよ俺のベーグル！」
「口つけたからって今更恥ずかしがる仲じゃないだろ」
「そう言う問題じゃねーんだよ。何でいきなり俺の食うんだよ」
「お前のだからだよ、その小麦胚芽『チョコレート』ベーグル」
　ミズの表情が固まった。俺の意図を察したらしい。
「あーそうか、今日二月十四日かぁ……」
「そもそもお前、全然意識してなかっただろ」
「だって俺、男だから買わなくていいって思ってたし、だから完璧忘れてた」
　俺もだけど。
　白状して自分の立場を不利にするつもりは無いので、代わりにミズの髪の毛を乱暴にかき回しながら言う。
「まぁ、ホワイトデーには俺のコロッケパン食わせてやるよ」

 

(2006/02/14)

jade pebble/目次