【曇天夜】
天気予報によると、今夜から大雪になるらしい。
バイト終わった時は運良く未だ降ってなくて、これだったらチャリで来ればよかったなんて思ったけど、たまにはのんびり帰るのも悪くない。
とは言ってもやっぱり寒いから、別に寄り道するわけでもない。何となく街や人の流れを眺めながら歩いていたら、ふと、空の色が気になった。夜空って言えば黒(っつか、俺は紺系だと思う)ってイメージが相場だけど、分厚い雲のせいでちょっと黄色がかった鈍い灰色に見える。
水分を内側に溜め込みギリギリまで張りつめた曇り空は、数ヶ月前の俺とミズに似ている。
俺達の関係は元々、高校に入ってから出来た親友どうし、って奴だったはずで。俺の気持ちはそうじゃない、と突然気付いたときは相当悩んだ。普通に考えて親友に愛を告白するだなんてアリエナイことだったし、俺はやっかいな恋心がとりあえず収まるまで放置する事に決めた。惚れた相手にそうと悟られないよう平然と振る舞う、という行為は多分にナルシシスティックで、正直に告白するとそれに酔っていたところもあった。
だから、ミズ自身の気持ちだなんて考えもしなかったんだ。
何でもすぐに顔に出るミズが必死で表情隠して俺を避け始めたとき、足下から世界が崩れるような気がした。それでも俺は何も言わず、感情だけがどんどん張っていった。
限界を超えた雲は雪を降らすだろうが、もし俺達があのままでいたらどうなってたんだろう。
アパートの俺の部屋の前でミズが座り込んでいた。ちょっと、そのヤンキー座りはどうかと思うが。
「お。やっと帰ってきた。今日、バイトあがるの遅かったのな」
「ミズ、なんでここにいんの」
「ひでぇ、いちゃいけないわけ?」
んなわけねぇよ。
俺だって、限界を超えた雲は雪を降らすだろうが、人間はどうなったんだろう、って考えてたら無性にお前に逢いたくなったんだ。
――でも、言わない。本当に伝えたい事の百分の一も表現できない言葉なんて使えない。
「良いよ、入れよ」
「セイ、速攻でこたつ最大出力な。待ってる間寒かったんだからさぁ」
「雪降るかもって日に普通待ち伏せなんかやる?」
「俺、電話もメールもしたぞ。お前全然気付かなかったじゃん」
携帯を確認すると、確かに着歴数件とメールが入っていた。ちょいと過去に浸りすぎたせいだな。反省。
「ごめん。今日、泊まってくつもり?」
「ああ。雪降りそうだから、塾に近いセイんちに泊まる、って親には報告済み」
「……或る意味本末転倒だな」
手の甲でミズの頬を撫でると酷く冷たかった。
雪は未だ、降らない。
(2006/02/18)
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