【空白の日】
「――今日はホワイトデーだな」
「だな」
「口開けて、ミズ」
俺が言われたとおりにすると、セイがさっきまで食っていたコロッケパンの最後の一口を口の中に押し込まれた。
「ふまっ、はひふふんはほ!」
「バレンタインの時に言ったろ、今度は俺のコロッケパンやるって」
「――っぷはっ! ぐ、苦しがった……」
確かにセイの奴、俺のベーグル食った後にそんな事言った記憶があるけど、だからっていきなりアレはないと思う。入れどころが悪ければ窒息して死んでたぞ、俺。
っつかやっぱり、これで俺らのホワイトデーって終わり?
「先にバレンタイン忘れたミズが悪い」
うう、それを言われると、俺も弱い。でも男同士なんだからあの時だってセイがチョコくれたって良かったんじゃあ。
「でももうちょっと、ホワイトデーっぽいもの欲しかったぜ」
「バレンタインみたいにはっきりこれ、って決まってないんだから何でも良いだろ。だいたい日本人が勝手に考えた行事なんだから、貰えるだけで有り難いと思ってもらわないとな」
なんか、こう、果てしなく悔しいのは何でだろう。でも俺の不満は、口の端についたコロッケのソースを、こっそりセイが指で取ってくれたのでアッサリ消滅してしまった。
――不意打ちだよな、あんな顔すんの。
セイの笑い方って凄く優しい。今、俺が独占してるけど、去年は? 一昨年、それよりもっと前は?
「セイ、今まで誰かにホワイトデーのお返しってしたことある?」
「あー、ミズ、いま妬いてるだろ」
あっさりバレたな、俺の気持ち。まぁ、こんな時は下手に意地張らない方が良い。
「そうだよ、馬鹿野郎」
ここが教室じゃなきゃあな。あいつの肩に頭でも乗っけたんだけどさ。
「で、実際のところどうだったんだ?」
「何だよ、忘れてなかったのか……俺の中学の時の仲間の間じゃ、ホワイトデーは『空白の日』って」言われてたな」
空白の日? 聞いた事ねーな。何か由来があるんだろうか。
「バレンタインに何も貰えなかった奴は、三月十四日に何もすることが無いだろ。だから空白」
「っ…ぷっ! あははははっ! 何そのバカっぽい発想!」
「そんなにウケるなよ。俺たちゃ結構真面目だったんだぞ」
「ごめ…ッ、じゃあ、中学ん時は特にモテて無かったんだな」
男としては何とも面目が立たなそうだけど、俺としては嬉しい。
独占欲って言うんだろーな、こういうの。
セイはやっぱり俺のモテない発言に腹がたったらしくて、机に肘ついてそっぽ向いてる。
「そーかそーか、セイのホワイトデーは空白か。今年から俺がいるから大丈夫だからなー」
いつもは俺がやられる側だけど、今日はこっちがセイの頭をかき回してやった。もう、こいつの隙間は全部俺で埋まってしまえば良いと思う。
(2006/03/04)
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