INTEGRAL INFINITY : jade pebble

【ジェイドペブル】

 遊ぼうと思って電話を掛けた相手は一人旅の真っ最中だった。

「おう、ミズ久しぶり……って何だよ、いきなり」
 瑞貴は、征司が机の上に鞄を置くなり手のひらを上に向けた腕を突き出した。
「土産。旅行行ってたんだから当然じゃん」
「いきなり強請るだなんて、どういう神経してるんだ」
 征司は露骨に顔をしかめたが、瑞貴の方こそ不満たらたらなのだ。

 彼らの友情は高校に入ってからのことで、瑞貴としては初の夏休みは思い切り遊び倒すつもりだったのに、征司はと言えばバイトに明け暮れた挙句、勝手に旅行に行ってしまった。
 最初は他の友人達と会ったり家でゲームをしていた瑞貴だが、すぐにつまらなくなった。やけになって宿題に明け暮れてみた後は、慣れないことをしたせいなのか夏ばてなのか、だるさに苦しむ毎日を送る羽目になった。

 瑞貴の中では全ての原因は征司にあって、土産の一つや二つ慰謝料として貰っておかねば気がすまない。
「なぁミズ、それって逆恨みと違うか?」
「ヒトのこと解ったように言うじゃん」
「お前の考えてることなんか全部顔に出るんだ」
「じゃあ、セイが俺に旅行の予定黙ってたこと、悪いって思わねーのか?」
 征司はばつが悪そうに喉の奥で唸った。
「ごめんな。俺、一人旅が趣味なのミズに言ってなかったかも。旅行の予定も言ったつもりになってた」
「全部初耳だよ、思いっきり」
「細かいこと決めずに、行く日と帰ってくる日だけ決めてその時その時で行きたいところに行くのが好きなんだ。バイトは旅費貯めるため」
「だからなんか買うのか、って訊いても『別に』って答えだったのかよ」
 征司は言葉が足りなすぎる。瑞貴はふと、「こいつとは親友だ、ってのは俺の空回りじゃないのか」と思った。夏休みのがつまらなかったのも、同じことを考えていたせいかもしれない。
 黙ってしまった瑞貴の顔を、征司は幸いにも見ていなかった。制服のズボンのポケットを漁って何か探している。
「ミズ、もう一回手のひら出して」
「何でポケットに饅頭が入ってるんだ」
「饅頭じゃねぇし」
「じゃあ煎餅」
「ミズって土産イコール食い物の連想しかできないんだな」

 征司は瑞貴の手を取り、手のひらに何か小さいものを握らせた。冷たくて硬い感触。

「――何これ」
 瑞貴の声色が怒りを帯びる。征司が渡したのは親指の先ぐらいしかない小石だった。
「セイ、単にそこら辺で拾ったもので誤魔化すつもりかよ」
「んー、拾ったは拾ったんだけど、ただの石じゃないよ」
「はぁ?」
「翡翠。今回富山を通ったんだけど、有名らしい海岸で、せっかくだから拾ってきた。夏の日本海って綺麗だな」
 冷静に見てみると、白っぽく透明感のある小石で、僅かに緑っぽい部分が混じっていた。
「海岸にいた人に見分け方をちょっと教えてもらったんだよ。あれ、地元の人じゃなくてマニアの人だな。言われて博物館にまで本物かどうか訊きに行ったんだぜ」
「旅の思い出、って奴じゃん、これ」
 ポケットに突っ込んで学校にまで持ってくるほど、征司にとって思い入れのあるものなのだと瑞貴にも簡単に理解できた。
「あ、気にするなよ。拾ったのは他にもあるし、そりゃそいつが一番いいやつだけど、お前にならくれてやってもいいんだ」
 征司の態度には屈託は無かった。
「さんきゅー、セイ」

 もう一度瑞貴が小石を握りなおしたところでチャイムが鳴った。彼は自分の席に着くと小石を机の上に置いた。
 おごりや貸し借りは何度もあったけれど、征司からモノを貰うのは初めてであることに瑞貴は気付く。
 バイトを探そう、と瑞貴は思った。いつか、夏の日本海を臨みながら征司に翡翠の拾い方を教えてもらうのだ。

 

(2006/05/04)

jade pebble/目次

 まだ二人が互いを友達以上と認識する前の話。シリーズ中で一番最初に執筆したものです。脱稿は一月末だった気がするのですが、後輩に頼まれて執筆した五篇の短編のうちの一つなので、正確な時期が思い出せません; ちなみに残りはノーマルと百合でした。