INTEGRAL INFINITY : 拝啓、A君へ

【拝啓、今日はバレンタインです】

――拝啓、A君へ。僕が樫ヶ谷に入学してから十ヶ月あまり経ちました。この奇矯な学院での生活にも大分慣れましたが、やはりまだ一年目と言うことで、年中行事が訪れる毎に驚くばかりです。

 朝、僕が301号室から外に出ようとすると、ドアノブがやたら重かった。何とか開けてみると、足下に何かが沢山落ちている。
「……本城君」
「どうしたんだ、三星」
「廊下が凄いことになってるんだけど、これ何かな」
 落ちていたのは綺麗にラッピングされた箱や袋の数々だった。どれもそれほど大きくはなくて、軽い。よく見るとドアノブにも何個か袋が引っかけられていた。だからドアが開けにくかったのか。
「ああ、何だ。今日はバレンタインだからか」
 後から来た本城君は、全く驚くこともなくそう言い放った。既に慣れています、という感じだ。
「今日は日曜日で校舎で渡せないからここに放置したって事か。これじゃまるで事故現場だな」
「本城君、ちょっと訊きたいんだけど。バレンタインって女の子から男へチョコを渡して告白するイベントだよね? 僕は今まで勉強漬けでこういう行事に縁が無かったから、認識が間違っていると恥ずかしいんだけど」
「――まさか三星、義理チョコすら見たこと無いのか?」
「うーん、そう言われれば二月十四日は毎年クラスの誰かからチョコ貰ってたけど」
 僕が本城君の質問に答えると、彼はとても微妙な表情になった。彼にこんな顔をされるのはしょっちゅうだけれど、本人曰く「箱入り息子」の本城君より僕の方が世間知らずらしいと言うのは複雑な気分だ。
「まぁ、三星の思っているとおり、日本じゃバレンタインは女子の告白イベントだよ。けどここは男ばっかりだから、必然的に男が男にチョコを渡して告白するってわけだ」
 成る程、ここでは男同士の恋愛はそんなに珍しい事じゃないし、現に僕もそのような恋愛の真っ最中だ。本城君の言う事には頷ける。
 本城君は学院で最も人気のある「四君子」の一員だから、思いを寄せる生徒も相当に多い。彼の慣れた態度からして、中等部時代も毎年二月十四日は数多くのプレゼントを渡されていたに違いない。
――でも、僕の疑問はもう一つあって。

「ここは山奥なのに、どうやってこんな高級そうなチョコレートを用意してるんだろう」

 本城君のファンはどちらかというと彼と真逆な男っぽいタイプが多い。元々女の子主体の行事のためにチョコレートを買うには敷居が高いんじゃないだろうか。
 僕が思いつくままに疑問を口にすると、本城君は肩を竦めた。
「三星。これ、集めて部屋で食べよう」
「え? 本城君が貰ったのに僕が食べてもいいの?」
「どうせ僕が連中の気持ちに応える事なんて出来ないんだから、誰が食べたって一緒だろ」
 本城君は淡白に言うと廊下のチョコレートを拾い始め、僕も顔も解らない誰かに心の中で詫びながら本城君と同じように散らばったプレゼントを集めた。

 

(2010/02/14)

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 トンデモBL学園物には欠かせない行事です。そう言えばサイト始めた今頃はトリノでしたがバンクーバー始まりましたね。