【春が来る前】
「本城。黒川。お前達の代の部屋割りが発表されたから渡しに来たぞ」
中等部三年生の部屋を巡回しているらしい、白樫寮――高等部の寮――の寮長から差し出された、ホッチキスで留められたプリントを本城空羽は無感動の表情で受け取った。一方、同室の黒川圭喜は「わぁ、俺、誰と一緒だろ」とはしゃぎながらもうプリントを捲っている。
「あー、そうだ本城。お前に話しておきたい事が」
そこで寮長は一旦言葉を切り、圭喜にちらりと目をやった。
「――まぁ黒川がいてもいいか、どうせ学院中それが当然って思ってるんだ。本城、次の『菊』はお前に内定したぞ」
「そうですか」
「何だ、もっとこう反応があっても」
寮長は苦笑したが、空羽は全く揺るがなかった。
「だって生活を変える気はありませんから。『小鳥』も飼う気は無いですよ」
「本城はそのつもりでも、周りは放っておかないだろうが。まぁ、生徒会からの正式な辞令が出るのは終業式だから」
そう言うと寮長はまだ廻っていない部屋があるから、とこの場から立ち去った。
「はぁ……やっぱ本城が『菊』かぁ。お前ぐらい美人だったら当然だよな」
そう感嘆する圭喜とて小動物的な愛らしさで評判なのだが、彼の目の前に立っているルームメイトは容姿の点においてまさに別格だった。
天然の金茶の髪、極上の軟玉のような肌。まだ幼さが目立つものの、目鼻立ちは人形以上に完璧なバランスで成り立っている。あと少し経てば震えるほどの美貌に育つだろう。
愛らしくも何処か浮世離れした容姿の空羽を学院の生徒達は天女と渾名していたが、空羽本人は自分に対する評価に一切興味を示さない。
「だったら『竹』は山形かな? それとも江川かな」
「どっちでも良いよ。僕には関係ないし」
「そんなぁ、同じ『四君子』どうしになるじゃん」
「あれは別に組織じゃない、単に個人の称号をひっくるめた呼び方だろう」
「……相変わらずドライだねぇ、本城は」
編入組だからだろう、と空羽が言うと、半年も違わないじゃないか、と圭喜は返した。
「それより自分の部屋のチェックだ」
「俺、自分のついでに本城のも探しといたよ。301号室だって。俺は221ね」
圭喜の言葉に従ってプリントを確認すると、果たして301号室の所に名前があった。
「同室者は――三星? 誰だ?」
「俺も聞いたこと無い。たぶん外部生じゃない?」
どんな奴かな、と圭喜は楽しそうに思考を巡らせ始めた。一方で当の空羽は、煩く詮索する奴でなければ良い、とだけ思い、プリントを自分のベッドに放り投げた。
(2007/06/10)
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