INTEGRAL INFINITY : extrastars

【afterdark】

「――じゃあ、二人とも留守の間頼んだぞ」
「明日、お式と披露宴に出席して……帰ってくるのは夜になると思うわ」
「それはいいから、とにかく土産よろしく」
 俺本場の明太子食いたい、って主張すると、母さんは「家のこときちんとしてくれるんでしょうね」と言って睨んできた。
「大丈夫。北斗は俺がちゃんと監督しておくから」
 南斗の奴は、あの他人をだまくらかす笑顔で二人に請け負った。
「最近、お前達随分仲良くなったなぁ」
 瞬間、背中にぶわっと汗かいたような悪寒がした。
「本当、一時期は家庭内別居みたいな状態だったのにね」
――父さんにも母さんにも他意はねぇはず、だよな!?
「二人とも、あまりのんびりしてると飛行機間に合わなくなるよ?」
 それ以上話題が展開される前に、南斗がさっさと玄関の外へ二人を追っ払ってくれた。
「北斗。顔に出すぎ」
 南斗は俺の頭を軽く叩いて、先にリビングに戻っていった。

 両親の前で思い切り動揺しちまったけど、実は俺と南斗は今のところそんなにやましい関係じゃなかったりする。
 あの学校での夜以来、俺達は付き合ってるってことになってんだろうけど、だからといって劇的な変化があったわけじゃねぇ。不仲説まで立った校内で急に態度変えたら怪しまれるから、俺は今まで通り学校では自分から南斗に近づかない。家でもおおっぴらにいちゃつくわけにゃいかねぇし。
 変わったことと言えば、毎朝一緒に登校するようになったのと、どっちかの部屋で二人きりになった時に思い出したように軽くキスすることがある、ってぐらいだ。
 客観的に見たら俺達は、せいぜいキス付き兄弟止まりだろう。
 大体、あんなに俺を壊すかもしれねぇって怖がってた南斗が、両思いになった途端憑き物が落ちたかのように落ち着いちまった、ってのがあるんだよな。だからって俺から蒸し返すのも何か違ぇって気ぃするし。最初から俺のが受け身決定なのかよ、って感じだけど、俺が南斗をどうこうする、って発想、全然出てこねぇんだよな。
 っつか別にそう言うことしなくても全然構わねぇし。俺は、南斗とずっと一緒にいられれば、それだけでも良いんだ。

「南斗。まだ早ぇけど、晩メシってどうする?」
「うーん、外行くのも面倒だし、ピザか何か取る?」
 ホントは自炊が一番安くつくって解ってるんだけど、生憎俺達は両方とも料理はからきしだ。南斗にとっちゃ数少ない苦手分野だな。
「それでいいぜ。ハーフ&ハーフでお互い好きなのでどうよ」
 メシの問題はこれで解決として、あとはどうすっかな。今日やるべき家事っつったら、夕方に洗濯物取り込んでアイロンかけるぐらいか。
 そうだ、下田からゲーム借りてたんだよな。ちょっと前に出た話題作。どうせ南斗は普段からゲームやんねぇから、対戦とか関係ねぇRPGなのは好都合だ。母さんいるとうるさいけど、明日は日曜だし徹ゲーすら出来るな。
 俺はいそいそとゲーム機引っ張り出して準備した。
「そうだ、北斗」
「なに?」
「暗くなってからならいつでも良いんだけど、北斗に見せたいものがあるんだ」
 後で俺の部屋に来て、って言われて、ゲームの起動を待っていた俺は適当に頷いた。

 ゲーマーの下田イチオシのゲームはめちゃくちゃ面白れぇ。俺はすっかり夢中になってしまい、夕方になるまでひたすらプレイし続けた。
 南斗は自分の部屋に戻っちまって、多分宿題とかしてるか、本読んでるんだろう。
 さっさとゲームに集中したい俺は自主的に洗濯物取り込んで、アイロンかける奴とかけない奴を選別して畳むまでやった。
 それでも八時を回った頃には流石に腹減ってきて、俺は二階に上がった。
「南斗、入るぞ」
 思った通り南斗は俺にゃ一生縁が無さそうな小難しいタイトルの本を読んでいた。
「――あぁ、もうこんな時間なのか」
「チラシ持ってきたけど。お前どれ食いたい?」
「その前に、昼に言ったことだけど」
「俺に見せたいもの、ってやつ? いいよ、それ先に見せろよ。どれ?」
「ベッドの上にある奴」
 南斗が指した方を見たら、そこには見覚えのある装置が載っていた。
「あ! これって文化祭の時の!?」
 幸崎先生が動かしてくれた手作りのプラネタリウムだ。うわぁ、懐かしい。
「先生から聞いたよ。北斗、これ欲しがってたんだろ?」
「うん、うん! ひょっとしてこれって南斗が造ったん?」
「正確には俺と酒谷がね。あいつに事情話したら、俺に所有権譲ってくれたんだ」
 点けてみる? と訊かれて、俺は二つ返事で頷いた。どうしよう、俺凄ぇ嬉しいんだけど。
「ちょっと手伝って」
 南斗に言われるまま、俺は開けっ放しになってたカーテンを閉めた。
「直接床に置くしか無いか……」
 南斗は唸ってたけど、椅子だと背もたれが光を邪魔しちまうから、まぁ仕方ねぇよな。
「一階からアイロン台持ってくるか? 少しはマシだろ」
「あっ! 洗濯物!」
「俺が入れといた。っつかお前が忘れててどうすんだよ。アイロンがけは南斗がやれよ」
 南斗はプラネタリウムを抱えたまま、ばつが悪そうに笑った。

 部屋の電器消してプラネタリウムのスイッチを入れる。
 俺達は南斗のベッドに並んで腰掛けて、部屋の中一面に星空が広がった星空を見上げた。
「う……わぁ、何回見ても感動もんだな」
 構造は単純なはずなのに、素人でもこんなに本格的に出来るんだもんな。凄ぇな、星の位置に穴開けるだけでも結構な労力要るぞ。
「北斗が喜んでくれて嬉しいよ」
「嬉しいのは俺のほうだって――うわ、お前の身体中に星が映ってるぞ」
「北斗こそ。プラネタリウムの位置が低いから俺達もスクリーンになっちゃうんだよね」
 身体中斑点だらけだ、って南斗は笑った。

「あ。こんなところにも星、ついてる――」

 突然顔が近づいてきて、からかうノリでキスされた。
 いつもならすぐに唇離れんのに、南斗が緩く噛み付いてきて、俺もつい口元弛めて深いとこまで受け入れる。
「んぁっ……」
 やべ、ゆっくり吸われたり舐められたりすんのってめっちゃ気持ちいい。
 俺もお返しにとばかりに丁寧に南斗の舌を吸ってみたら、感じたらしくて声が出た。
 お互いの口ん中を行ったり来たりして、吐息と声を漏らしながら俺達は無我夢中でキスを続けた。たまんなくなって南斗にしがみつく。勢いでベッドの上に横倒しになり、宙に浮いた脚は自然に身体の向きを変えさせた。

 当然、南斗が俺の上にのしかかってるような体勢になっちまったわけで。

「あっ、ごご、ごめんっ!」
 慌てた南斗はベッドに手をついて俺から身体を離そうとする。けど中途半端に腰を浮かせたまま、動かなくなった。
 あ――こいつ、迷って、る?
 俺を見つめる目は必死で何かに耐えてるみてぇで、それ以上に溢れそうなまでの熱が籠もってた。
 馬鹿じゃねぇの?
 だってよく考えてみたら今日は親帰ってこねぇんだぜ。二人きりで、しかも暗い部屋ん中でこんな状態になってんのに。今逃したら次のチャンスってなかなかねぇぞ、きっと。
 もしかして、未だあの時のこと引き摺ってんのか?

――仕方ねぇな、まったく。
 結局、また俺から動かなきゃ駄目なんじゃん。

 俺は、南斗の肩に手ぇ、添えて。

「いいよ」

 それが、出来る精一杯だった。

「やっ、怖っ……」
「大丈夫? やめる?」
 違う、怖ぇのはお前じゃない。
 たったこれだけで、全身変になってく自分が怖い。
 やだ、南斗、俺おかしくなる、おかしくなるよ。
「なっていいよ、北斗」

 そして俺は、言われるがままに南斗の熱に、狂った。

 重っ……。
 目ぇ覚めたとき、最初にそう思った。
 南斗の頭が俺の胸板に乗っかっていた。微妙に髪の毛が触れてるとこがくすぐったい。プラネタリウムは点けっぱなしで、光の斑点が幾つか映っている。
「おい、起きろよ。起きろってば」
「う……ん」
 身体起こして南斗をずり落とそうとしたけど――駄目だ、腰、動かせねぇ。ソファから転落して捻ったとしてもあり得ねぇ痛みだ。
 仕方ねぇから、南斗の髪の毛を掴んで思いっきり引っ張ってやった。
「痛っ――あ、おはよ北斗」
「おはよ、じゃねぇよ。重いからさっさとどけって」
 人のこと枕扱いしやがって、とこっちが言い終わる前に、あろう事か南斗は全身抱きしめてきやがった。
「なっ、は、離れろって」
「嫌だ」
 甘えるように頬、擦りつけてくる。
「離したくない。離れたくない」
 こんな、子供のような南斗を見んの、何年ぶりだろ……?
「ずっとこのままでいさせて?」
 いやそう言うわけにゃいかんだろ、って思ったけど、南斗の腕の力はやけに強いし、こっちは身体を思うように動かせねぇしでほとほと困り果てたところ――くうっ、って腹が鳴った。
「やべぇ、そういや昨日結局メシ食ってないじゃん……」
 思い出したら猛烈に腹が減ってきた。それは南斗も同じだったようで、やっと俺を解放してくれた。

 プラネタリウムどころか一階の照明やゲームも全部点けっぱなしで、畳んだ後の洗濯物も出しっぱなしと言う惨状には、自業自得とはいえ流石に俺も南斗も絶句してしまった。
 とりあえずシャワー浴びさせて貰って着替えてから、歩くのもままならない俺はソファに座り、南斗がリビングを片づけるのを眺めていた。
 勿論その間、腹は鳴りっぱなしだ。
「北斗。母さんってパンどこにしまってたかな」
「え? 別にいいじゃんシリアルでも」
「俺が嫌なの。トーストぐらい俺だって焼けるよ」
 多分、と付け加えられたから凄ぇ不安だったけど、幸いリビングに持ってこられたトーストは黒こげとかそう言うことは無かった。
 南斗はいつも通りバターだけで、俺のはハチミツたっぷり。今朝は塗るところまで南斗がやってくれた。
 トースト食ってるってだけで、いつもの日常と変わんねぇ気がする。
 昨日、あんな事になったってのに。
「あれ、北斗どうしたの?」
「――今更ながらこう、照れが来た、って言うか」
 うわ、覗き込んでくる南斗の顔、まともに見らんねぇ。
「可愛いなぁ、北斗は」
「おっ、同じ顔なんだから可愛いなんて言うんじゃねぇよ!」
 それでも可愛いんだよ、と謎の発言かましながら、南斗は俺のこめかみにキスした。

「いつか、毎晩一緒にあのプラネタリウム観れたらいいね」
 そして毎朝一緒に起きるんだ、って言われて、俺は自分の首から上に火ぃついたんじゃねぇか、って思った。

 

(2006/06/05)

番外編/polestarsシリーズ/目次

 狙っていたなら重度のヘタレ、狙ってなくても末期のヘタレ――あれ? 本編中の幸崎関連の最後の伏線消化です。