【holy night again】
「今年の二十四日って日曜日なんだね」
カレンダーを見ながら、南斗が言った。
「おかげで天皇誕生日の代休無ぇし、二十五日がはみ出てっから月曜が終業式だろ。行くのめんどくせぇなぁ」
「……そういう事言いたいんじゃないんだけどね。まさか北斗、十二月二十四日が何の日か忘れてるってわけじゃないよね?」
南斗に責めるように言われて、やっと俺はこいつの言いたいことに気付く。
「あー、クリスマスイブだよな。そう考えると休みなんは都合良いんかも」
きっと街中カップルで溢れ返るんだろうな。ダチ同士で集まるんでも早くから遊べるし。
「だからね、北斗。せっかくなんだから俺達も普通の恋人同士みたいなデート、したいんだけど」
「普通の? そこらへんのカップルみてぇな?」
「うん。駄目?」
耳と尻尾の垂れ下がった犬みたいな顔されたら、嫌だなんて言い辛し――俺だってそういうの、人並み程度にゃ憧れてるしな。
「じゃあ、どうせならベッタベタなデートコース組めよ? あと地元はパス」
「あれ? 北斗がごねないだなんて意外」
「お前なぁ……俺を何だと思ってんだよ」
日頃の行いでしょ、だなんて南斗は言いやがる。正直、こいつは絶対に人の事言える立場なんかじゃねぇよ、って思う。
十二月二十四日当日、俺はこのあたりじゃ一番大きな駅の前にある噴水のとこに一人で立っていた。
南斗がデートならまず待ち合わせからだ、と主張したからだ。家を出る時間も経路も変えたあたり徹底している。
「ごめん、待った?」
バスターミナルのある方角から走ってきた南斗は、言葉とは裏腹にめちゃくちゃ楽しそうだった。
「おい、それが遅刻してきた奴の態度かよ。顔笑ってんぞ」
「だって、こういうのも一度言ってみたかったんだ」
「じゃ、揃ったとこで移動しようぜ」
俺が言うと、南斗は不満そうに口を尖らせた。
「北斗、一言足りない」
「は?」
「『待った?』って訊かれた時に言う台詞があるだろ」
――こいつ俺よりよっぽどガキなんじゃねぇのか、って思うのはこんな瞬間だ。
「……いや、今来たとこ」
途端に南斗は機嫌を直し、満面の笑みを浮かべた。
最初に俺らがやったのは映画を観る事だった。ホントにデートの超定番、って感じ。
上映中、南斗はずっと俺の手を握っていた。しかも力入れたり弱めたり、要するに揉まれてるって状態で、俺はいまいちスクリーンに集中しきれなかった。ポップコーンも食いにくかったし。もしDVD出たら南斗にレンタル料出させよう。
映画館を出てメシ食ってから、お互いのプレゼントを買うために街ん中を歩き回った。予め買っといて交換すんのかな、と思ってたけど、南斗がどうせならお揃いが良い、って主張するからこうなった。どうやらこいつは俺が誕生日のちょっと前に言った事を未だに気にしているらしい。ホント、思い込んだら自分が納得するまでしつこく憶えてるんだよな。
結局、被っても偶然同じもん気に入ったんだと言い張れる物、っつうことで、腕時計になった。俺は携帯持ってたらそれで時間確認すりゃ良い、って思ってるクチだけど、してるかどうか毎朝確認するからね、と南斗に脅されてしまった。
「で、買い物済んだし、次はどうすんだ?」
「デートって言ったら、夜景が良く見える場所に行って景色眺めてロマンチックな雰囲気に浸る、ってイメージがあるけど」
まだ時間的に早すぎるよね、と南斗は残念そうに言った。
「それ以前に、この辺りにゃ夜景スポット無ぇだろ。山の上とかならともかく」
「車運転できれば良かったんだけどね。俺、大学決まったら免許取ろう」
「一年以上先の話じゃん。気ぃ早ぇな」
「車があれば天体望遠鏡運んで観測に行けるよ」
――おっ、南斗の今の一言で良いこと思いついたぞ俺。
「南斗。屋上にプラネタリウムあるデパートあったよな、確か」
「あ、それ良い」
南斗(と酒谷)の手作りプラネタリウムも良いけど、たまにはでっかいドームの中で、街中じゃ見れねぇぐらいの数の星に囲まれる、ってのも凄ぇ楽しいに違いない。
二人で凄ぇ遊びまわって、日が暮れるのなんてあっと言う間だった。
晩飯とかこれからどうすんだろう。俺らはクリスマスイブは一日中遊んでくる、って言ったら両親は両親で一泊旅行を組んで出掛けてしまった。多分、俺の知らないとこで南斗が二人を上手く丸め込んだに違いない。
だから、帰りが凄ぇ遅くなっても文句は言われねぇわけで……それともアレか、カップルらしくホテルに泊まろう、ってなったりするんだろうか。南斗の事だから、俺に内緒で部屋取ってたりとかやってそうだしな。明日どうすんだろ、早朝チェックアウトか、それとも南斗のが家出るの遅かったから荷物持ってきてコインロッカーかどっかに預けてんのか――。
「北斗。そろそろ帰ろうか」
「え、もう!?」
予想とは正反対の提案をされ、俺は驚く。買ったばかりの時計で確認すると、まだ七時にもなっていない。
「母さんいないし、何処かで食料買って帰ろう。この時間でもケーキまだ売れ残ってるよね?」
ここで異論挟んだりとかすると、俺ばっかやたら期待してたみてぇに思われる。
そんなの恥ずかしくて嫌で、俺は大人しく南斗に従った。
「はい、あーんして、北斗」
……あぁ、これはこれで物凄くバカップルっぽいな。外じゃ絶対できねぇ。
差し出されたフォークに乗ったケーキの切れ端を前に、俺の思考はやたら冷めていた。
「食べないの?」
俺は黙ってフォークごとケーキに食いついた。
「ん。んま」
「じゃあ、次北斗がやって?」
言われるがままに俺がケーキを食わせてやると、南斗は今日で一番嬉しそうな顔をした。何かこういう事、前もやった気がするな……いつだったっけ?
小さなホールケーキを二人で食い、片付けも終わると、俺らは特に何をするわけでもなくリビングでまったりしていた。
時々髪とかを撫でてくる南斗の掌は優しい。優等生のくせに凄ぇ馬鹿だし、正直ついて行けねぇって思うとこもあるけど、やっぱこの手はずっと俺のもんであって欲しいと思う。
次に南斗が触ってきた時、俺はその手首を捕まえてやった。じゃれるつもりだったのに、覗き込んできた南斗の表情はやけに真剣だ。
「今夜は――北斗の部屋、行って良い?」
「別に良いけど?」
別に今更許可取んなくたって、と思って、俺は特に深くは考えなかった。
だから、俺の部屋に入るなり南斗に抱きしめられて、情けねぇ事に俺は軽く混乱してしまった。
「ちょっ、ここ俺の部屋っ……!?」
「そうだよ、北斗の部屋だよ」
元々一つだった部屋を二つに分けた当時のショックを未だ引きずっているらしい南斗は、自分の睡眠時間を削ってでもしょっちゅう俺の隣で寝たがる。そう言うときは一旦自分の部屋で寝たポーズを取ってから、後で俺の部屋に来て、ベッドに潜り込んでくる。そして母さんが起きる三十分ぐらい前にこっそり戻る。そう言うときは添い寝だけで何もしない、ヤるんなら南斗の部屋で、っつぅのが俺らの間で自然に出来たルールだった。
「お前の部屋に移動するぞ、ほら」
「ごめん、今夜だけだから、お願い。外泊でも俺の部屋でも駄目、ここじゃなきゃ意味がないんだ」
南斗は俺を抱きしめたまま腰を落とした。つられて俺も床に座り込む羽目になる。
暖房入れてなかった部屋のフローリングは冷たくて、それが呼び水になって俺の頭ん中で過去の記憶がフラッシュバックした。
そうだ、あれはちょうど一年前だったんだ――この部屋で、俺がキレた南斗に押し倒されたのは。
「お前は俺を赦すって言ってくれたけど、俺はずっとあの夜をやり直したかった。身勝手な欲望を押しつけて怖がらせるんじゃなくて、ちゃんと恋人として北斗に優しくしたかったんだ」
感情が昂ぶってんのか、南斗の声は微かに震えている。
「南斗。お前、ほんっとに頑固だな」
お前がそれで納得して、気持ちが楽になれるんだったら場所なんて別に気にしねぇし、俺だってその方が嬉しい。
「じゃあこれが、ホントのクリスマスプレゼント、っつぅ事で」
でも床の上は勘弁な、と俺は顎で自分のベッドを指した。
月曜の朝は起き上がんのが凄ぇ億劫だったけど、皆勤賞のために俺は根性で登校した。
全体集会のために体育館へと向かってる途中、酒谷とわっちゃんの二人組に遭遇した。
「おはようさん、北斗、菱井」
「おはよう。キタミヤには『イブの夜はお疲れ様』で合ってる? 無茶されたんじゃない?」
「あーっお前、俺ですら言い出しにくかった事をあっさりと!」
――マジかよ、俺そんなに態度とか何かに出てんのか!?
青くなった俺に対し、わっちゃんが酒谷の変わりに事の真相を説明してくれた。
「アッチの方が十二月に入ってからだんだん元気無くなってってる、って酒谷サマ心配してたんだよ。さっき遇ったんだけどオレにも判るぐらい機嫌良くって、こりゃ昨日何かあったなーってアイツと噂してたの」
「……何か、ってのは俺絡み以外考えなかったのかよ」
「だって南斗はそう言う奴だろ、昔から」
わっちゃんは当然だ、と言わんばかりの口調で断言した。
「そうだキタミヤ。あっちにも釘を刺しておくけど、イブに励んだ分冬合宿中は自重してよね」
「って昨日の事はお前らの中じゃ確定事項かよ!」
いや、酒谷達の言うことは確かに当たってんだけど、俺はあまりの情けなさに頭を抱えた。
(2006/12/24)
番外編/polestarsシリーズ/目次