【水泳編】
2006.04.05 12:31
夏の体育、と言えば、水泳。
中学時代ほどの重要度は無くても、カリキュラムにはしっかりと組み込まれている。
「でも女子と男子じゃ差がありすぎだよな」
「ほんと、男女差別だよな」
担当の体育教諭は男子と女子で異なるので、そのせいなのかもしれないが、プールの端から端まできっちり泳がされている男子に比べ、女子は殆ど遊んでいるようにしか見えない。
「くそ、アレで点数入るなら詐欺だ」
「まぁ、その分目の保養にはなるからいいんじゃねぇ……?」
学校指定の水着が存在しないため、生徒たちが今着ているのは私物だ。男どもはともかく、女子達のカラフルな水着姿はなかなかに刺激的なものがある。
「山口先輩、ビキニ着て授業受けようとしたらしいぜ」
「……マジかよ。まぁあの人ならやりそーだけど」
二人は暫く水遊びする女子たちと男子たちのあげる水しぶきを眺めていた。
そう。プールサイドにある、屋根の付いたベンチから。
「とにかく涼しそうでいいよな、あっちは」
「俺達とは大違いだぜ。あー、あっちぃ……」
「だったら何で菱井はジャージ着てんの」
「北斗こそ」
二人はそれぞれ体操着の上から指定ジャージを着て、ファスナーを喉元まできっちり締めている。
「……」
気まずい沈黙が北斗と菱井との間に流れる。
「お前の見学の理由って何だっけ」
「言わねぇ。っつか絶対に言えねぇ」
二人とも互いに、何となく事情を察している。彼らは同時に深いため息をついた。
2006.05.26 00:19
「天宮。今日やたらにやけてるけど、何か良いことでもあったのか?」
「いや、特にはないけど」
「ふーん? まぁ、早くプール行こうぜ」
――しまった、思い切り顔に出てたか。
でも凄く可愛かったなぁ、昨日の北斗。
あ、また顔が弛んできた。
昨日下校するとき、珍しく北斗が昇降口で待ち伏せていた。
「南斗。帰ろうぜ」
そう言われて凄く嬉しかった。何しろ半年前に晴れて恋人同士になったとはいえ、俺達が兄弟である事実は永久に変わらない。学校での態度を急に変えると変に思われる、って言って北斗は部活以外で人目がある時は自分から俺に近寄ってこないんだ。
何とか校内でも二人きりの状況に持っていって甘えたり甘えてもらったりするのが、こっちの腕の見せ所だけど。
しかも、学校から少し離れて周りにうちの生徒が見当たらなくなったとき、北斗が俺のシャツの裾を掴んで立ち止まった。
「なぁ、あのさ……これから、しねぇ?」
「え!?」
――正直、耳を疑った。
「北斗、いったいどうしたの!?」
あの、北斗が。
「俺だってその、男だし、た、たまには」
俺から誘っても最初は必ず嫌がるし、恥ずかしいこと言うのは絶対に無理(言わせるけど)、なんていつも言ってるのに、顔真っ赤にして肩震わせて、自分からあんなこと言い出すだなんて!
「俺バイト代入ったし――駄目?」
「駄目じゃないっ!!」
俺はもげるんじゃないかと思うほど激しく首を横に振った。
そのあとの北斗は凄かった。
凄いなんてものじゃなかった。家だと両親を気にして滅多に最後まで出来ないけど、そのぶんを取り返すどころかお釣りがが来るぐらいだ。
自分でビデオ撮る人の気持ちが解った気がする。あの可愛すぎる北斗の姿を残しておけなかったのはなんとも惜しい。本来なら永久保存版にしても良いぐらい。
「プールの更衣室あるのが女子だけだなんて、正直男子虐待だよなぁ」
――林藤のぼやきで俺は我に帰った。まずいな、これ以上思い出すと洒落にならない。
林藤の言うとおり、この学校にはプールに男子更衣室は無いから、男子はプールサイドで着替えると言うとんでもない慣習が存在している。
しかも同じ時間に女子もプールで授業を行うことがあるので、これじゃまるで公開ストリップショーだ、なんていう声も聞かれる。
俺自身はともかく、北斗が脱ぐところを俺の知らないところで衆人の視線に晒すのは我慢できない。一年のときは仕方なかったけど、今年は北斗が水泳の授業に出られないようにすることにしたのでやっと安心できる。
「会長ー、学校側に掛け合って更衣室造って貰ってくれよ」
ああ、と応えながら俺は着ているシャツを脱いだ。
「お、おい天宮! そ、それって!?」
え?
「だってお前――だぞ!?」
「やっ、やられたぁーーーーっ!!」
「ちょっと! スクープスクープ!!」
どこのクラスにもゴシップ好きな奴っているよなー、なんて人事みたいに思いながら、俺は北斗と向かい合って昼飯を食っていたのだが。
「会長、マジで彼女いるらしいんだって! 四限の体育、三組と四組の女子は阿鼻叫喚の大騒ぎだったみたいよ!」
「ぶほっ!」
俺は思わず飲んでる最中のコーヒー牛乳を噴出してしまった。
「菱井、きたねぇぞ。ほら」
北斗は全く動じてない様子で俺にポケットティッシュを差し出してくれた。
「わ、悪い」
えー何それ、と言う女子達の声が聞こえてくる。
「今って水泳の授業でしょ。会長の背中、引っ掻き傷とか痕とかで凄かったらしいのよ!」
めこっ、と音を立てて、俺が握っていた紙パックが潰れた。
よかった、全部飲み終わった後で。
情報を持ってきた綱島さんの話によると、背中の傷を発見された天宮南斗は三、四組の連中に詰め寄られても一切口を割らなかったらしい。でもすっかり動転してたから昨日恋人とヤッたらしいことは明らかで、後から来た先生にちゃんとゴム使ってやれよとセクハラ発言までされて、廃人状態になってしまったらしい。
うちのクラスもすっかり騒然としている。
「天宮! 昨日会長に変わった様子って無かった!?」
「知らねぇなあ。昨日は俺の方がバイトで遅かったし」
北斗はやっぱり冷静だった。いや、むしろこいつニヤついてる……?
っつかこいつ昨日バイトだったってのは嘘だ。
北斗は俺にだけ聞こえる声で呟いた。
「人の年に数度の楽しみを奪った報いだ。せいぜい大恥かいとけっての」
「北斗――ひょっとしてまさかお前、身体張った……?」
よくよく見れば、この暑い日に北斗はシャツの第一ボタンまでがっちり留めている。
「数千円の出費と一時の恥で胸がスッとすんなら安いもんだぜ」
北斗の奴、最近変にたくましくなったと言うか別の方向にひねたと言うか……おとーさん悲しいよ。
「けど、水泳を強制見学させられたぐらいでちょっとやりすぎなんじゃねーのか?」
しかも、一歩間違えば北斗も自滅するかもしんない諸刃の剣。
「さぁな、今までの鬱憤溜まってたのかもな」
遠い目をして北斗が言う。こいつは普段どんな目に遭ってるんだ?
……優も大概酷いとは思うけどさぁ。
「北斗。天宮南斗が更なる報復に出るこた考えなかった?」
「げっ」
北斗の顔がみるみる青ざめる。
「エロゲばりの『えっちなお仕置き』とかされたらどうするよ」
「菱井! 今日お前んち遊びに行っていい!?」
今日出された物理の宿題は、これで片づいたも同然だ。
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