【5題]W】
01.糸切り歯
「いっ……!」
首筋に噛み付かれて思わず声が漏れる。南斗の歯が肌に食い込んでんのと吸い上げてくる舌の感触が、暗い部屋ん中でやたらリアルだ。
南斗の唇が離れる時ちゅっ、って音が鳴った。こういうのって凄ぇやらしい感じがして未だに慣れねぇ。けどこいつは好きみてぇでやたら音を立てたがる。っつか、俺が嫌だっつってんのにわざとやってんじゃないだろうか。
また、反対側に噛み付かれた。犬歯が皮膚を食い破っちまいそうなほど強く。
「ちょっ、血でも吸う気かよ」
俺は痛さのあまり南斗に抗議した。南斗はやたら大きな溜息を吐くと、俺の顎を舐めてから言った。
「何だかもう、いっそ北斗の全部を食べたいかも。無理だけど」
「当たり前だろ」
人を殺す気か、って訊くと、そうじゃなくて、と返ってきた。
「それぐらいお前が欲しくて欲しくてたまらない、って事だよ」
南斗はそう言って、また俺を「食う」ために口を開けた。
02.強大なサンデー
「なんつぅか、これは――」
「うん、俺達の常識の限界を超えてるよね」
俺達は、間に置かれた金魚鉢みてぇな容器に盛られた大量のアイスクリームを前に途方に暮れた。
「マジで全部食わなきゃなんねぇの?」
「……まぁ、使われてるアイスの種類は多いし、ソースも色々ソースかかってるから味は飽きないと思うけど」
「それはねぇよ。っつか舌の方が先に麻痺するぞ」
俺達がこのヤバそうなアイスクリームサンデーを食う羽目になっちまったのはわっちゃんの陰謀だ――単に、前に食いに行った時くじ引きで当てた、っつぅ無料券をくれただけなんだけど。っつぅかこんなもんをタダにするなんて随分豪快な店だな。
とりあえず可能な限りは食べよう、と言う南斗の言葉に従い、スプーンを持つ。
自家製らしいアイスは凄ぇ美味かった。美味かったけど、延々と食べ続けるとなるとなぁ。溶けたの飲んだ方が早ぇかも。
俺達は暫く無言でアイスを食い続けた。が、なんかやたら居心地悪ぃ。
「なぁ南斗。俺達周りからガン見されてねぇ?」
「男二人でこんなもの食べてるから、目立ってるんだろうね」
いっそあーん、ってやるかと訊かれ、俺は即行で却下した……好きだな南斗も。
03.止める間もなく
「南斗、やめ……」
止める間もなく南斗に押し倒された。多分もう思考回路のどっかが飛んでっちまってんだろう、耳に聞こえる呼吸が荒い。
ほくと、と無声音で囁かれて鳥肌が立った。あいつの指が襟に絡む。
――途端に怖くなって俺は南斗の肩を押した。
「嫌だっつてんだろ、離れろ、どけよ……っ!」
声が震えてんのが自分でわかる。南斗に無茶されんのはもう結構普通の事って感じで慣れたと思ってんだけど、たまにこうして思考と感情と身体が噛み合わなくなる。
「ご、ごめん!」
こっちの状態に気づいた南斗が弾かれたように俺から離れた。凄ぇ傷ついた顔だ。
あの夜からかなり時間が経って、俺は南斗を赦してあいつも納得したはずなのに、どうして身体は忘れてくんねぇんだろう。
「北斗。部屋に戻って良いよ。俺も今夜は行かないから」
項垂れた南斗の頬に手を伸ばそうとして、俺は指先に温い雫が落ちてきたのを感じた。
04.大きく微笑む
俺が微笑んでみせた途端、裏腹に北斗が顔をしかめた。
「お前のその顔、なんか信用なんねぇんだよ」
「酷いなぁ……」
「っつぅか、南斗が笑顔作んのって大抵ろくでもねぇ事考えてる時じゃねぇか」
――俺ってそんな風に思われていたのか。
まぁ、北斗を好きになって以来、俺の笑顔の大半は意図的に造ったものだから、その辺りの事情を知っている人間がそう感じるのは当たり前なのかもしれない。
でも、肝心の北斗に言われると流石にダメージが大きい。
「南斗?」
「北斗。俺が笑うのは嫌い?」
北斗がそう望むならもう笑顔は止める。俺にとって一番大事なのは、自分ではなく北斗の笑顔だから。
俺がそう言うと、狼狽えた北斗が俺の頬を掌で包んだ。あ、北斗からそうされるのは初めてかも。
「そっ、そんな事ねぇって! 俺だってその、お前が幸せそうにしてくれてた方が良いに決まってんじゃん」
「北斗がいてくれれば俺は幸せだよ?」
「……恥ずかしい奴」
照れて視線を背けた北斗を見て、俺は本心から微笑んだ。
05.会いたいのです
「あいたいなぁ……北斗」
俺がそう呟くと消しゴムの欠片が飛んできた。
「ぼーっとしてないで仕事しなよミナミヤ」
酒谷が書類の紙面に視線を落としたまま言う。生徒会室に二人きりという状況である以上、先程の狙撃犯は彼しかいない。俺に対する扱いの悪さが日に日に悪くなっているのは、きっと俺の気のせいではない。それだけお互い本音を言えるようになったという事だろう。
だから俺は、自分が思っている事を素直に言う。
「だって、本当に逢いたいんだから仕方なくない?」
「家に帰ったら嫌でも顔を合わせるのに?」
「むしろ、だからこそ離れてる時間があるのが嫌だ」
本当は、俺が生きて心臓が動いているあいだはずっと北斗の側にいて触れ合いたい。同一でありながら全一にはなれない俺達だから、せめて物理的な距離だけは少しでも無くしたいのだ。
(2007/11/07)
番外編/polestarsシリーズ/目次/配布元:メノウメロウ様