【秘密のデートスポットで10のお題:01.保健室】
「天宮、天宮いるか?」
教室の前の扉んとこから顔を突っ込んでるのは、今は四組の担任の荻野だった。菱井と一緒に帰る準備をしてるとこだった俺は、最初はこの人が教室を間違えたんじゃねぇのかと思った。
「天宮北斗はもう帰ったのか?」
「あ、いますいます」
俺を認識した荻野がこっちにこい、と手招きする。俺は菱井に軽く目配せしてから荻野のところに行った。
「体育で脳震盪? あいつが?」
「そうなんだよ。バレーボール中に同じチームの奴を咄嗟に庇って、こう、頭にボールがな」
荻野は自分の拳をこめかみにぶつけるような仕草をした。それじゃバレーじゃなくてボクシングだ。
「幸いすぐに意識は戻ったんだがな、軽いもんでも万が一のことがあっちゃいけないから、今保健室にいる。とりあえず今日はお前が付き添って帰ってやってくれないかな、と」
兄弟に頼む方が手っ取り早いだろう、と荻野は言った。
「今日は生徒会も天文部も無いと聞いてるからな。お前も放課後空いてるだろう」
何で荻野が俺らの部活の事知ってんのか、って思ったけど、すぐに理由は解った。この人、職員室で幸崎先生の隣に座ってるからな。
「わかったよ、荻野センセ」
「サンキューな、天宮。これ、あいつの鞄と着替え。野原先生は養護教諭の集まりだか何だかでもう校内にいないから、保健室の鍵を帰りがけに職員室まで持ってきてくれ」
「はーい」
俺は一旦教室内に戻り、菱井に南斗を連れて一緒に下校しなきゃなんねぇことを言った。
「じゃー、俺遠慮するわ。天宮南斗に終始睨まれっぱなし、っつー状況は胃に堪えるからな」
「確かに、あいつは具合悪くなったぐれぇでお前に噛み付くの止めそうもねぇからな。ほんっと、ごめんな」
その時、菱井が自分で作ったっつぅ洋楽の着メロが鳴った。
「ちょうど良かったよ、北斗。荻野来るのが五分遅かったら俺の方から謝ってたぜ」
菱井が見せてくれた、届いたばかりの携帯メールの送信者のとこには「小野寺優」と書いてあった。
保健室に入ってみると、確かに保健室の主である野原先生はいなくて、机の上に鍵とメモが置いてあった。内容は荻野が言ってた事と大差無い。プラスして「最低一週間は安静が必要なので、体育の授業も含め激しい運動は禁止」と書いてあった。
保健室の奥にはベッドが二台置いてあって、白いカーテンでその場所は仕切られている。
南斗は寝てんのかと思って、そっとカーテンをくぐったんだが、予想に反してあいつの両目はしっかり開いていた。
「南斗。お前起きてたん?」
「あれ……北斗」
「荻野センセからお前の事頼まれたんだよ」
あぁ、と視線を天井に向けたまま南斗は呟く。
「お前、他人庇ってボールぶつけられたんだって?」
「うん、まぁ」
「つくづく王子様だな、最近忘れてたけど」
噂で聞いてるぶんにゃ南斗は今でも完璧な外面を保っているようだ。けど俺といるときはただの馬鹿にしか見えねぇ事が多いから、菱井は迷惑半分面白半分で絡んで、酒谷は周りに本性を見せるなと口を酸っぱくして言い、わっちゃんは小学生の頃と変わらねぇなと変に喜んでいる。
「やっぱ他人に良いとこ見せようって、心理が染みついちまってるわけ?」
「多分ね。ちゃんと両思いになっても北斗を誰にも盗られたくない、と言う点は永久に変わらないからね」
「そんな脳みそ煮えきった事言えるぐらいなら、心配無さそうだな――帰るぞ」
俺は脇に抱えてた制服を南斗の顔の横に置いた。
「着替えるの? ここで?」
「お前、そのまんまで下校するつもりか?」
俺が言ってやると、南斗は何故かにやつきながら身体を起こし、体操着の上に手を掛けた。
当然のことながら、こいつが脱いだら上半身の裸をバッチリ見ちまうわけで。その段階になって初めて、俺の思考回路が今と「そういう時」のシーンを結びつけた。
「うっ……わ……」
「昼間からストリップをご所望だなんて、たまに北斗は大胆だよね」
「ち、違ぇよ! 俺は純粋にだなぁ!」
「でも想像したでしょ?」
笑いを堪えてる南斗が滅茶苦茶腹立たしい。荻野センセに頼まれた時点で断って見捨てりゃよかった。
「そう言えば、保健室って校内で唯一ベッドがある部屋なんだよね」
「ちょっと待て皆まで言わねぇでもお前の言いたい事が容易に想像できるぞ」
「床とか執務机とかマットとかに比べたら、随分恵まれた環境だと思わない?」
「うわぁ!! お、思い出させるな!」
「もう野原先生は帰ったし、鍵を掛けておけば誰にも見つからないよ」
野原先生、鍵、という単語が、俺に突破口を開いてくれた。
「駄目だ。お前は一週間安静で、激しい運動しちゃいけねぇんだから」
「えぇ……そんな……」
「野原センセの伝言メモにそう書いてあったぜ。荻野センセも万が一の事があっちゃまずい、って言ってたし」
落胆する南斗に、俺は制服のシャツを押しつけた。
「ほら、さっさと着ろよ。風邪まで引いちまったら完全接触禁止にすっからな」
「え。じゃあキスなら良いの?」
「頭激しく動かすようなんは駄目なんじゃね?」
「それじゃあ意味無いし」
ったく、こいつは……。
「たった一週間じゃねぇか。もう大丈夫ってセンセに言われたら幾らでも付き合ってやっから、今回は我慢しとけ。そうだ、肩貸してやろうか。何か普通に歩けそうだけど」
「あ、それ、良いかもしれない」
「だからさっさと着替えろ、ほれ」
その後、俺が怪我人の南斗を連れて帰る、と言う大義名分で肩組んで堂々と歩いた。南斗が保健室送りになったっつぅ噂は驚く程の速度で校内に流れてたから、ホントに珍しく誰からも詮索されなかった。
ついでに一週間後、「幾らでも付き合う」って言っちまった自分の失言をえらく後悔する事態に陥っちまったんだけどな。
(2006/10/23)
番外編/polestarsシリーズ/目次