【秘密のデートスポットで10のお題:06.空き屋】
中学までの通学路の途中に、二階の窓がいつも開きっぱなしのボロい家が建っている。
いつ見上げても家ん中は真っ暗で、カーテンの陰もねぇみたいだったから、多分空き家なんだと思う。何故だか凄ぇ興味を惹かれてた俺は今日、遂に侵入してみる事にした。
学校帰り、周りに人がいねぇことを確認して、ブロック塀をよじ登る。一階から張り出した屋根はあまり傾いてなかったから、簡単に乗り移れた。
「――うわ、何これ」
覗き込んでみた家ん中は思ってたよりよっぽど酷かった。壁は真っ黒だし、元は何だったかさっぱり判んねぇ残骸がそこらじゅうに散らかっている。あ、これ碁石かな、半分融けてんの。
俺は思い切って窓枠をまたいで中に入った。床を踏むと、足の裏にぐにゃっとした感触が伝わる。多分ここは前に火事があって、消し止められた後も建物が取り壊されずにまんま残ってるんだろう。
「去年見つけてたら、ぜってぇ南斗連れて来て探検したよなぁ……」
今はきっと、無理だ。まぁ俺だけの秘密基地ってのも良いかな、放課後時間潰すのに。
そう考えたらわくわくしてきて、他の部屋も見てみようって考えた俺は奥へ足を進めた。
「わあぁっ!?」
数歩歩いたところで足が柔らかい床を踏み抜いた。とっさに何かに掴まろうとして、気が付いたら俺は肩から上だけを二階に残し、一階の天井からぶら下がる格好になっていた。
やべぇ、早く這い上がらないと下に落ちちまう。けど、辛うじて見えるのはぼろぼろの燃え残りばっかだ。腕の力もだんだん抜けていく。
あとは誰かに引っ張り上げて貰うしか――。
「たす、け……――」
見上げた天井には大きな穴が開いている。
火事で焼け、消火用水で腐った二階の床が俺の体重に耐えきれなくなって、崩れたらしい。
軽く身体を捻ってみたけど、特に痛いとこはねぇ。一階の床も柔らかくなってて、運良くクッションになったのかもしんない。
俺、何でさっき助けなんか呼ぼうとしたんだろ。誰もいやしねぇのに。
「動けなかったら、そりゃそれで良かったのにな……」
そしたら、やっぱ俺はここで死んじまうのかな。この空き家の事誰にも言ってねぇし、俺がどこで何してんのかなんて、多分興味有る奴なんかいねぇもんな。
中学に入ってから出来た友達や初めてのカノジョさえも実は南斗狙いだったし、親も成績とか色々、あいつの方にしか関心ねぇし。うん、特に問題ねぇじゃん。
だんだん外の明るさが変わっていくのが判ったけど、俺はほぼ落ちた時と同じ格好のままじっとしていた。
このまま眠っていっそ消えちまえば良い、なんて思いながら。
目が覚めた時、誰かの顔が物凄く近いとこにあった。
「北斗起きた!? 大丈夫?」
「あ、れ……南斗? お前、何で」
ここ、確かに空き家の中だよな……?
「北斗未だ帰ってないって言うから俺、捜して――塀のところに鞄があったんだ」
そうだ、登る時邪魔だから、学校の鞄そこら辺に放り投げてたんだ。
「よく、それ見つけられたな」
「お前、最近毎朝この家を見てたから、ひょっとしたらって思って」
南斗に感づかれてた事がやけに恥ずかしくて、俺はそっぽを向いた。
「立てる? 痛いところは無いの?」
「あぁ、落ちたけど気絶してたってわけじゃねぇし、怪我とかは全然」
良かった、って良いながら南斗が微笑んだ。
俺の知らない笑い方だ。
「で、どっから出りゃいいんかな」
「俺、玄関から入ってきたよ?」
何だよ、そんな正攻法通じんのかよ。ちょっと落ちて損した気分かも。
「あ、南斗。このこと誰にも言うなよ」
結局無事だったから良かったものの、空き屋に侵入して事故ったことが親にばれたら面倒なことになりそうだ。
「いいよ。北斗、ここ秘密基地にするつもりで探検しようとした?」
「……」
「俺にも声かけてくれれば良かったのに」
そんなヒマ、新しく出来た友達と遊ぶのに毎日忙しいお前にあるわけねぇじゃん。
南斗が一番最初に俺を要らなくなったくせに。
「……帰るか」
差し出された南斗の手を無視して俺は立ち上がり、制服に付いた床の欠片を払った。
明日からまた、俺だけの場所探しをしなきゃな、なんて考えながら。
(2006/08/31)
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