【秘密のデートスポットで10のお題:08.神社の裏手】
祭りなんか来るんじゃなかった。
正確には――「南斗と」来るんじゃなかった。例えば菱井とだったら、今だって普通に楽しんでたと思うけど、最近イベント事ともなると小野寺先輩があいつを拉致ってくからな。まぁ、今夜の祭りは特に二人にとっちゃ凄ぇ特別なもんらしいから仕方ねぇけど。
やっぱクラスの連中と一緒に遊ぶ約束取り付けとくべきだったかもな。何人かで射的や金魚すくいの腕前競ったり、焼きそば早食い競争なんかで騒いだりすんの、凄ぇ面白そうだし。
「一人じゃつまんねぇよ、馬鹿野郎」
けど実際は、自分のクラスの連中に連れてかれたのは南斗の方で、取り残された俺は祭りの人混みの中をアテもなくふらふらしている。大木っつったっけ、去年も今年も南斗と同じ八組だった奴。あいつ相変わらず近くに居る俺の存在、ちっとも認識しねぇのな。
――去年、似たような事あった時にゃ全然気になんなかったのに。万が一にもばれたくねぇ、って表向きは今まで通りでいる、ってあいつに約束させたのは俺の方なんだけど、俺ん中では確実に何かが変わってて、最近じゃそれが時々怖くなる。
ぐだぐだ考えてても嫌な気分が変わるわけなくて、意味もなく歩く。途中で何故か綿飴が目について、何となく一個買った。買ってから急に、高校生にもなって一人でこんなのおおっぴらに食うのが躊躇われた。
俺はなるべく人のいない方いない方へと歩いて、いつの間にか神社の裏手に辿り着いた。ここは昔子供の転落事故があったとかで、一般には立ち入り禁止になってっからな。
社殿の柱んとこに偶然あった低い岩に座り込み、戦隊モノのイラストが描かれた綿飴の袋を破る。
「へぇ、今こんなんやってんだ……俺らがガキの頃の奴って、何て名前だったっけ」
そういや、変身アイテムのおもちゃを巡って南斗とたまに喧嘩したな。
んな事思い出しながら、俺は綿飴にかぶりつく。ふわふわした物体が噛み付いた端からキュッ、って固まって、溶けたとこが茶色の雫になって口の周りにべたべたくっついた。
糖分がアマタに回るとすっきりするかと思いきや、逆に「何で俺こんなことしてんだろ」って後悔がどんどん膨らんできた。家に帰ったら絶対に南斗と顔あわすんだし……どうせあいつが気づかなくても、今からでもメール入れとくべきだろうか。最後の一口を食べながら、そんな事を考えた。
「――よかった、見つかった」
口の中の綿飴が溶けて流れた瞬間に、今一番聴きたかった声がした。
「俺、北斗を見失うといつも見つけられないから、ひょっとしたら家に帰るまで会えないかも、って思った」
「お前、クラスの連中は?」
「大木達には、俺は一緒に祭りに来ている人がいるから、って言ったよ。すぐに北斗のところに戻るつもりだったけど、お前はもう居なくなってて」
「悪ぃ、南斗。俺てっきりお前はあいつらについてくもんかと……」
「去年だったらそうしてたかもね。でも、今は北斗と一緒にいたい、ってお前にちゃんと言えるから」
南斗の言葉に俺の胸がいろんな気持ちでいっぱいになる。嬉しいのと、こいつを信じ切ってなかった俺自身に対する不甲斐なさとか、とにかく色々。
「マジでごめん、勝手に思い込んで置いてったりして」
「本当のこと言うとちょっと腹が立ったけど、自分で発見できたからもう気にしてないよ」
南斗は俺の隣に座って、俺の顔を自分の方に向かせた。
「ここが立ち入り禁止で良かった」
「見つかったらやべぇけどな」
「今は大丈夫だよ、俺のこういう勘は外れないから」
「そう言って前は酒谷に見つかったじゃねぇか」
南斗はもう何も言わずに、俺の唇を塞いだ。
「――甘い?」
「あ。さっき綿飴食ったからな」
「一人でずるいよ、北斗。俺にももっと分けて」
その後は口ん中だけじゃなくて、唇やその周囲までまんべんなく舐め回される羽目になった。
直後、花火見に行くためにこの場所離れようとした俺らは、逆にやって来た菱井と小野寺先輩に遭遇して互いにえらく気まずい思いをし、ついでに昔事故った子供っつぅのが実はこの二人だった、って事実を知った。
(2006/10/22)
番外編/polestarsシリーズ/目次