INTEGRAL INFINITY : extrastars

【With You】

「在校生の卒業式参列希望者、今年は過去最高だったらしいぜ。南斗が調整大変だったってぼやいてた」
 体育館で式が始まるのを待っている時、北斗が菱井に教えてくれた。
 今日は惣稜高校の卒業式だ。通常は土曜日も授業を行うが、この日は特別に、卒業する生徒と彼らを見送りたい者達以外は休日扱いになる。
「男子の希望者は例年通り部活や委員会の代表ぐらいだったけど、女子は抽選しなきゃなんなかったみてぇだし」
 凄ぇな先輩の人気、と言う北斗の言葉に菱井は苦笑いを浮かべた。
「男子でも俺達みてーな例外はいるけどな」
「言っとくけど、俺れっきとした部活代表だぜ?」
 殆ど公になっていないが、小野寺と山口は天文部員でもあった事を菱井は思い出した。では、卒業生の中に部活等の先輩がいない男子生徒は、自分だけと言うことになる。
 菱井がこの場にいる理由は、「余計な」女子達と同じなのだ。
 小野寺は今日を境に、この惣稜高校からいなくなる。

 小野寺の卒業生総代答辞は、とても素晴らしかった。生徒会長である南斗の送辞も立派だったが、やはり小野寺敵う者はいない、と菱井は思った。
 在校生の女子の中には、自分が卒業するわけでもないのに泣き出す者もいた。それを見た男子達は呆れていただろうが、菱井には内心嘲笑う事など出来なかった。
(だって……信じたくねーんだもんな、来週からもうここに優がいない、って)
 式の終了後、学校の敷地内で最後の別れを交わす生徒達を眺めながら、菱井は感慨に耽る。
 この校庭で初めて小野寺の姿を見た時は、この日が来るまで彼から逃げ切るつもりでいたのだ。それが、実際にこの日を迎えてみると、小野寺の卒業に対し喜びよりも寂しさの方を強く感じている。
 ついさっきまで小野寺は、山口と一緒に天宮兄弟や酒谷達から個人的な別れの挨拶を受けていた。それが、いつの間にか菱井の目が届く範囲からいなくなっている。
「あいつ、何処行ったんだ?」
「小野寺先輩、さっき女子の一団に囲まれて第二校舎の方行ったぜ」
 いつの間にか北斗が菱井の近くに来ていた。
「ありゃ多分、ネクタイ争奪戦だな」
 あー、と菱井は頷く。惣稜の制服はブレザーのため、いわゆる第二ボタンの代わりにネクタイを渡す事が伝統となっているのだ。
 小野寺の第一志望校の合格発表はまだだが、彼に限って不合格の可能性は皆無と言って良いだろう。そうなれば三月中に彼は上京する事になる。
 だから今日が、惣稜の女子生徒にとって小野寺に告白する本当に最後のチャンスだ。
「菱井、気になる?」
「うんにゃ、ほとぼり冷める頃に行くわ。一応、一緒に帰る約束してっから」
 わかった、と言うと北斗は、南斗達と帰るために菱井の側から離れていった。

 校内に生徒の姿が殆ど見えなくなってから、菱井は小野寺を捜しに第二校舎に向かった。通りすがりの在校生達の話によると、女子達は行儀良く列を作って告白の順番待ちをしていたらしい。その光景を想像して菱井は密かに笑った。
 第二校舎の裏に回ると、果たしてそこから人のいる気配がした。
「おい、すぐ…………やべっ!」
 小野寺に対して呼びかけようとした際、彼の隣に女子生徒が立っている事に気付き、菱井は慌ててその辺りの木の陰に隠れてしゃがみ込んだ。
(あれ、志藤先輩だ)
 志藤は小野寺に憧れる女子生徒達の代表と認識されている人物で、一年生の時、山口に勝ってミス惣稜になった程の美少女だ。
 そして彼女は、小野寺に告白している真っ最中だった。
「小野寺君って入学直後から凄く人気があったから、みんなもう恋人がいるんだ、って噂してたし、私もそう思ってた。だからうちの学校の人とつきあい始めたって聞いたとき、何で私は行動しなかったんだろう、って後悔したわ。そのあともずっとタイミングが悪くて、いつも先を越されて……昔の小野寺君ってフリーになったら、告白された相手と必ず付き合っていたでしょう? 次こそは、っていつも思ってた。でも」
 二年の秋から告白を全部断るようになった、と――志藤の述懐が菱井の胸を、抉った。

 何故ならちょうどその頃、小野寺は菱井と再会したのだ。

「でもね、やっぱり諦められなかったわ。小野寺君の幼馴染みの子が凄く羨ましくて、妬ましかった。菱井さんは恋人じゃないって小野寺君はちゃんと否定してたのにね。菱井君の方も、あなたと名前で呼び合ってて凄く仲が良さそうで、いっそ男だったら親友になれたのに、って思い詰めた事もあった」
 小野寺は、終始黙ったまま志藤の話を聞いている。
 彼女は耳の横の髪を掻き上げ、余計なお喋りが長くなったわ、と自嘲した。
「小野寺君。三年前、入学した時からずっとあなたが好きです。そのネクタイ、私にくれませんか?」
「――すまない。これは、やれない」
 その場を暫くの間、沈黙が支配した。
 静寂を破ったのは志藤のほうだった。その声は涙を含んでいた。
「ファンクラブ代表って周りに言われてるから、ちょっと期待してたんだけど」
「俺には今付き合っている奴がいる――黙っていて、悪かった」
「そう、なんだ……大学、多分上京するんでしょう? これから遠距離?」
「ああ」
 上手く続くと良いね、と志藤は精一杯の笑顔を作った。

「良介」
 小野寺に声を掛けられても、菱井は顔を上げる事が出来なかった。
「ごめん、ちょっと待てよ。今必死で自分を抑えてる最中だから」
 志藤の話に引きずられたのか、菱井自身にもよく解らなかった。ただどうしようもない気持ちが増幅され、上手く制御できなくなっている。気を抜くと今にも涙が出てきてしまいそうだった。小野寺の前では泣きたくなかった。
 小野寺は自分の首からネクタイを引き抜くと、菱井の掌を強引に開いてそこに握らせた。
「三年用のネクタイを買っていないなら、来月からそれを使え」
「……ほんとにいなくなっちまうんだな、優。お前また遠くに行っちまうんだな」
「今度は海外に行くわけじゃない。逢おうと思えば逢える」
 小野寺はその場に膝をつき、まだ顔を伏せている菱井の背に腕を回した。
「来年、お前も上京すれば良い」
「それって東京の大学受けろ、って事かよ」
「そうすれば一年間の辛抱で、その後は一生側にいてやれる」
 小野寺の言葉は、他人が聞いたら大げさだと思うかも知れない。けれど、それは一年と少し前に二人が交わした「約束」だ。
 小野寺は約束は必ず守る男だ。菱井はやっと、顔を上げた。
「俺が浪人したらどーすんだよ」
「その場合どうなるか、覚悟は出来ているんだろうな?」
 小野寺は低い声で菱井を脅し、夏休みには徹底的にしごくからな、と宣言した。それでずっと一緒にいられるようになるなら、と、菱井は小野寺の肩に顔を埋めた。

 

(2007/03/03)

番外編/polestarsシリーズ/目次

 よかった03/03中に間に合った……普段小野寺に対して意地を張ってばかりの菱井ですが、小野寺の卒業ともなるとかなりナーバスになってるかも。でもゴールデンウィークになったら小野寺は早速帰省すると思います、菱井に逢いに。