【Taste Of Love】
「今年のクリスマスどうする? 久保田はもうほっといて」
「俺は今年も無理っぽい」
「えー、最近付き合い悪いな天宮。菱井は?」
「わりー、俺も。っつーか夕方から普通に塾だし」
「――あ」
「受験生には盆も正月もクリスマスも関係ねーよな……」
学習塾から吐き出された菱井は、いつもより派手な電飾に目をやりながら呟いた。
惣稜高校に入学してから二年は定期試験をやり過ごす以上の勉強は特に考えなかった菱井だが、三年に進級してから塾に通い始めた。今の第一志望にどうしても現役合格しなければならなくなったからだ。
浪人すればするほど、自由に逢えない時間が長くなる。小野寺が上京するつもりなのを聞いたとき、菱井の胸中には漠然としたものしか浮かばなかったが、時間が経過するにつれ、想像以上に重いものだと思い知らされた。
(いーよなー、あいつらは)
普段、特に北斗を僻む事など無い菱井だが、天宮兄弟の志望校は同じで、しかも共に塾通いは必要ない学力なのは羨ましくて仕方なかった。北斗はよく、二人で勉強していると南斗が真面目にやってくれない、と愚痴っているが、それは殆どのろけのようなものだ。
やはりクリスマスイブだからだろう、駅前の人混みにはカップルの姿が目立った。
自分が今、勉強道具の入ったディバッグを引っかけて独りで立っているのが、何となく虚しくなる。
恋人と共に過ごすのが特別なクリスマスであるならば、今日は普通のクリスマスなのだろうか。
(ばかじゃねーの、俺)
こんなことを小野寺に聞かれたら「負け」だ、と菱井は首を軽く振り、歩き出した。
「さみー……」
今日は特に冷え込みが厳しい、と朝の気象番組で言われていた事を思い出す。風が吹くと菱井の頬はぴりぴりと痛んだ。
そのとき、菱井の視界に焼き芋屋が映った。クリスマスにはいささか不釣り合いな光景だが、焼き芋はカイロ代わりになりそうだし、何より勉強漬けで腹も減っている。
「おっちゃん、Mサイズ一個」
「300円ね」
焼き芋屋の主人が、長さ半分に切った芋を紙袋に包んで渡してくれる。手袋をし忘れた掌にそれは熱いほどだった。
商店街を歩きながら、菱井は焼き芋を囓った。
「あふっ……あっちー」
山吹色の芋は口にするとねっとりと甘い。だが菱井が一番好きなのは皮と実の境界にあたる固い部分だったりする。焼き芋は意外と当たり外れが大きいが、どうやら当たりを引いたようで、菱井の気分は何となく浮上した――あまり暗い気分になるのは自分らしくない。
「雰囲気に似合わない買い食いだな」
すぐ後ろから聞こえたのは、今日一番逢いたかった相手のもので。
「天宮南斗じゃあるまいし、お前はふつーそんな事気にしねーだろ」
内心ひどく驚いているのに、反抗的な言葉だけはすらすらと菱井の口から出てくる。
「優お前、なんでここにいるんだよ。明日まだ授業あんじゃねーの?」
「午前中に戻れば問題ない」
「あと何日かで冬休み入んのに、交通費無駄じゃん」
「お前に逢うために遣う金が無駄か?」
そう言って小野寺は、手にしていた袋を軽く掲げた。
「さっき駅前で買ってきた」
きっと中に入っているのはブッシュ・ド・ノエルだろう。
「行くぞ」
「行く、って何処にだよ」
「俺の家に決まっている」
「ちょっ、俺、家には塾終わったら帰るって言ってあるんだよ!」
「なら、着いたら連絡を入れておけ」
小野寺は菱井の手首を掴んだ。そのまま菱井がもと来た道を引きずっていこうとする。
相変わらずの、強引な進め方。だが、菱井にはそれが嬉しい――絶対に言葉にするつもりは無いが、しかしきっと小野寺には気づかれているだろう。
「優、放せって! 別に逃げるつもりねーから。このまま歩く方が恥ずかしくて嫌なんだよ」
手首を解放された菱井は、小野寺が見ていないのを良いことに焼き芋を囓った。焦げた皮はどこか酸味があって甘い。
(恋は甘酸っぱい、って言うけど、焼き芋じゃしまりねーよな)
やはり小野寺の言うとおり似合わないな、と菱井は密かに思った。
(2007/12/25)
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