INTEGRAL INFINITY : 拝啓、A君へ

 樫ヶ谷学院は森の中にある。
――とは言いすぎかもしれないけれど、とにかく辺鄙なところにある全寮制男子校だ。
 この辺りでは有数の進学校であり、僕のような他県出身の志願者も数多い。だが門戸は狭く、特に高等部からの外部生はほんの限られた人数しか合格させない事も周知の事実だ。

 そんな樫ヶ谷学院高等部に今年、僕は合格する事が出来た。

 中学受験に失敗し、一度は夢破れたけれど、こうして焦げ茶の学生服を着られる事に僕は安堵している。
 入学式は明日だけれど、樫ヶ谷は全寮制なので前日までに入寮するきまりだ。入学案内を見ると、寮は学校の敷地内に二棟あり、高等部寮は白樫寮、中等部寮は赤樫寮と言うらしい。
 校内地図を頼りに寮へと向かうと、周りがだんだん学校内とは思えない景色になってきた。
 樫ヶ谷学院の中に森がある、と訂正したほうが良いのかもしれない。
 幸い道は広くて整備されているのだが、何故か他の生徒の姿は見当たらなかった。まだ大して遅い時間でもないのに、何故だろう。
 気がついてしまうと不安になる。僕はY字路のところで立ち止まってしまった。

「おい。こんな分りやすいところで迷子か?」
「ひっ!」
 突然話しかけられ、思わず変な叫びを上げてしまう。
 声の主はY字路の左の分岐に立っていた。
「見ない顔だな。お前、外部生か?」
「は、はいっ!」
 どうも緊張した声しか出せないのは、相手の男がここで初めて遭遇した樫ヶ谷生である事に加え、かなりの美形だったからだ。僕はあまり見ないけれど、テレビに出演する人間は彼のような人種だと思う。
「早くしないと入寮者説明会始まっちまうぞ。お前時間を良く見てなかっただろう」
「えっ」
 慌てて入学案内を確認すると、白樫寮の入寮者説明会が15時から始まるとあった。僕の腕時計の針は14時30分を指している――まずい! 道理で誰も外に出ていないはずだ!
「ありがとうございます、僕行きます!」
 僕は慌てて男が歩いてきた方、つまり白樫寮のある方向へと駆け出した。
 その場に残った彼が、どんな表情をしていたかなど知るよしもなく。

 白樫寮は白亜のマンションと言った佇まいで、一介の学生寮には不釣合いなその概観に感嘆する余裕は、残念ながら僕には無かった。玄関を探し出し急いで飛び込む。
「おー、びりっけつがとうとう来たか」
 脱いだ靴をどうすれば良いのか迷っていると、灰色のトレーナー上下を来た男の人が近寄ってきた。
「それは301号室の下駄箱に入れとけ。お前の部屋だよ三星参」
「何で僕の名前、判ったんですか?」
「さっき言ったろ、びりっけつだ、って。今年の一年で入寮済んでねーのは三星、お前だけだ」
 ああ、なるほど。単純な消去法というわけだ。
「残り十五分。とりあえずさっさとその小さい手荷物置いてこい。天女様まで遅刻させちゃあ周りが黙ってねーぞ」
 その人が放り投げたものを、慌ててキャッチした。301号室――これから僕が三年間を過ごす部屋の、鍵だった。

 

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 生涯に一度はやってみたかった、トンデモ全寮制男子校主人公総受け風味です。いつも以上にダラダラと気まぐれな連載になると思います。とりあえず、ゴールは参が誰かとくっつく時です。