先に食べ終わった僕たちは青村先輩と別れ、それぞれの部屋に戻った。黒川君は文句を言いながらもちゃんと山形君のぶんの弁当を貰ってきていた。
「風呂どうする? 三星がすぐ入らないなら僕が先に使うけど」
「じゃあ本城君、お先にどうぞ……」
寮生活の風呂は大浴場と言うイメージがあったけれど、白樫寮には各個室にユニットバスが付属していた。少し残念だったけれど、時間を気にせず入浴できるのはいいかもしれない。
僕が思ったことを本城君に言うと、彼は「風呂場で問題が起きないようにするためだろ」と言い切ってバスルームに入った。
問題、と言うとやっぱり喧嘩などすると滑って大事故になりかねないと言う事なんだろうか。
暫く後、シャワーだけ浴びたらしい本城君が出てきた。僕は昔から、どんなに狭くても浴槽に浸からないと不満が残るので、先に湯を溜めることにした。
本城君は濡れ髪をバスタオルで掻き回すように拭いている。色白の肌が僅かに紅くなっていて、一瞬同じ男なのを忘れてどきっとしてしまった。
僕ですらそうだったのだから、もし風呂が大浴場だったら同じように感じる人は結構いるのかもしれない。だとすると本城君はいい気がしないだろうし、彼にとってはユニットバスは有り難いだろう。
浴槽の広さは、僕が中に座る場合膝を曲げる必要があるぐらいしか無く、平均より身長が低めの僕や本城君や黒川君ならまだしも山形君ぐらいの長身になるともう大変だろう。一方で深さは十分にあるので、湯に浸かる分には問題ない。ただ、一番の問題はこの部屋そのものの狭さと構造かもしれない。眼鏡を外している間は便器や洗面台にぶつからないよう気を付けなければ。尤も、一番恐ろしい床で足を滑らせる危険性は低そうだ。
浴槽内で思うのは、ついさっき本城君に対して失礼な事を感じてしまった罪悪感だ。
勿論、殊更彼に謝罪する必要は無いけれど――寧ろ正直に告白したらかえって不快にさせると思う――今後卒業までずっと同じ部屋で生活するのだから、この瞬間を境に変な意識をしないようにしなければならない。
そこで僕は、実はまだ入学式すら終えていない事実に気が付いた。
白樫寮に到着してから色々な事がありすぎて、もう何日も経過したような気がしていたけれど――。
「明日が入学式、か」
何だか恐怖に似た感情がこみ上げてきて、僕は何度も湯を手で掬い顔を洗った。
風呂から上がってバスルームから出ると、本城君は既に自分のベッドで眠っていた。
僕は整理したばかりの自分の机の引き出しから新品のノートを一冊出した。
表紙を捲って出る最初のページに今日の日付を書く。僕はこれから樫ヶ谷で送る日々を書き留めておく事にしたのだ。そして書き出しは――
『拝啓、A君へ』
(to be continued...)
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