INTEGRAL INFINITY : extrastars

【anotherstars - the Transfer 01】

「えー、ただいまご紹介に与りました和地一弥っす。元々この近くに住んでたんで戻ってきた、って事になるんですが、六年のブランクで浦島太郎状態なんで色々教えてください」

 背の高い転入生が自己紹介を終えると、二年五組の担任は最前列の座席に座っている小柄な男子生徒の顔を見た。
「酒谷君、和地君がうちの学校に慣れるまで面倒見てあげてね」
「先生! そういうのって普通学級委員の仕事じゃないんですか!?」
「いやぁ、俺なんかより酒谷のが適任だろ?」
「本人がそんな事言うなっ!」
 酒谷というらしい男子生徒は憤ったが、目の前に本人が立っている状況で思い切り拒否する非常識さを悟ったのか、結局彼が折れた。
「わかったよ……僕は酒谷統」
「よろしく、酒谷サマ」
「何、その『サマ』って言うの」
「いやなんとなく。アンタに似合いそうだから」
 和地の言葉に、彼の新しいクラスメイト達から同意の声が上がる。
 脱力した酒谷と和地が並ぶと、頭一つ分以上の身長差があった。

「和地! 校内案内するから、行くぞ!」
 新しいクラスメイト達に囲まれるところだった和地に向け、酒谷が大声で呼びかけた。
「え、早速してくれんの?」
「早いほうが良いだろ? それに平常授業の日よりずっと時間取れるし」
 二学期の初日は始業式とホームルームぐらいしかない。今は既に、放課後の範疇だ。
 最初は嫌々といった感じではあったが、世話役を引き受けた以上は責任を持って任務を遂行してくれるらしい。
 和地は皆に手を振って酒谷のもとへ向かう。
「じゃあ手始めに、購買と学食案内してもらいたいな」
「最初がそれなの?」
「食べ盛り育ち盛りとしては当然でしょーが」
 和地が笑って言うと、酒谷の表情が険しくなった。女子と同じぐらいの身長しかない彼の顔には、「これ以上育ってどうするんだ!」とはっきり書いてある。面白く思った和地は酒谷の頭を撫でてみた。
「ちょっと! 何するんだよ!」
「いやぁ、酒谷サマのこのミニマムさが親しみやすいなぁ、と」
 酒谷はキーッと怒り出す。そんな二人の様子を見て、学級委員長殿は「和地は大物転入生だなぁ」などとのんきに笑った。

 ささやかな復讐なのか、酒谷は和地をすぐに学食へは案内しなかった。体育館、理科棟、芸術棟などから回って建物の位置関係を説明する。
「で、酒谷サマ学食は? オレ腹が減ってきたよ」
「はいはい……あっちの第二校舎の隣にある建物だよ。購買もあそこにあるから」
「今日は営業してる?」
「うん。土曜日メニューで種類は少ないだろうけど。麺類なら全部やってるんじゃない?」
「じゃあ、あそこでメシ食おうよ。あ、酒谷サマって弁当持参派?」
「いや、購買派だけど」
「家で食う予定とかだった?」
「こっちで食事するつもりだったよ。そうだな、昼飯の後は第二校舎内の特別教室を案内するよ。終わった後生徒会室行くのに都合良いしね」
「ちょっと待って、生徒会室って。もしかして酒谷サマ――」
 和地が問う前に、酒谷が頷く。
「そうだよ、僕は一応生徒会副会長なんてものをやってる」
「へぇー! どうりで『サマ』っぽいはずだな」
 そういえば校内を巡っている時、他の生徒達からの視線をちらちらと感じた。転入生が珍しいのかと和地は思っていたのだが、生徒数のそれなりに多い高校のこと、在校生全員の顔を記憶している生徒がそうそういるわけはない。あれは酒谷と一緒だったからなのだ。
(後に和地は、緑川という本当に生徒全員の顔と名前を一致させることの出来る男子生徒と知り合うのではあるが)

 流石に夏休み気分が抜けない始業式当日は、皆すぐに帰宅するのだろう。食堂はとても空いていた。
 和地は狐うどんを、酒谷はラーメンを注文し、窓際の席に向かい合って座って昼食を摂った。麺をすするために酒谷が頭を下げると、その旋毛が和地からはばっちり見える。和地はまたもからかいたい気分になったのだが、腹を立てた酒谷がどんぶりを投げつけてこないとも限らないので、やめておいた。
 食事中の話題は、もっぱら和地が以前通っていた高校についてだった。生徒会役員を務めている酒谷にとっては、他校の行事の話は非情に興味深いのだろう、熱心に質問までしてきて単なる一般生徒に過ぎなかった和地を慌てさせた。
 食器を片付けて学食を出よう、という時、反対に学食内に入ってきた一人の生徒に酒谷が気付いた。
「ミナミヤ、今から昼食?」
「お前の教室に行ったら転入生を案内しにいった、って聞いて。昼食、入れ違いになっちゃったね」
「嘘つけ、どうせラッキーと思って僕を捜す気すら無かったんだろう?」
 ミナミヤと呼ばれた男子生徒はふふ、と意味深な笑みを浮かべた。
「そっちの彼が転入生?」
「おいっ、憶えてないか!?」
 突然叫んだ和地に、酒谷とミナミヤが驚く。
「オレだよ、オレオレオレ!」
 まるで俺俺詐欺のような台詞を言う和地の顔を見て、ミナミヤの目が見開いた。
「まさか――わっちゃん!?」
「ミナミヤ、和地の事知ってるの?」
「幼馴染みなんだ。幼稚園と小学校が一緒だった」
「五年の時に転校して以来だから、六年ぶりだな」
「うん。凄い懐かしい」
 背が伸びたね、とミナミヤは微笑む。和地もつられて相好を崩した。

「ミナミって事はオマエ、南斗の方だよな? 今も相変わらずブラコ――」
「わーーーーーっ!!!!」

 絶叫した酒谷が和地に飛びつき、身長差があるにもかかわらず必死に和地の口を塞ぐ。
「んーっ、むむーっ!!」
「ミナミヤ! この場を離れるぞ!」
 酒谷の剣幕に気圧されたミナミヤ――天宮南斗は頷くと和地の手を引いて第二校舎へと向かった。
 食堂の数少ない利用者達は何が起こったのか解らず、ただ呆然としていた。

 和地が連れ込まれたのは「生徒会室」のプレートがかかった部屋だった。
 三人が中にはいると、酒谷はドアを閉め中から施錠した。「誤算だった……!」と呟く彼の苛立ちは、和地が頭を撫でたときの比ではない。
「和地。こいつがどうしようもないブラコンの馬鹿なのは紛れもない事実だけど、これはうちの前年度生徒会のトップシークレットなんだ。頼むから絶対、他の生徒にバラすなよ!?」

 

next/番外編/polestarsシリーズ/目次

 確か02/19がシリーズ開始の日だったはず、と言う曖昧すぎる記憶により、シリーズ一周年記念開始しました。ずっと脳内で温めていた、双子の幼馴染み・和地との再会話です。しかし01話の蓋を開けてみれば酒谷フルスロットル。