【anotherstars - the Transfer 04】
「でも、北斗が南斗のやってた事知ってんのは、理由が解って誤解が解けたからじゃないの? そんなら別に仲良くしときゃいいのに――全部、アイツの深ぁーい愛ゆえだったんだろ?」
和地はあくまで冗談の範疇で言ったのだが、北斗は半ば泣きそうな顔で俯いてしまった。
「……あれ?」
菱井は横で「こりゃーある意味手間が省けたかな」などと言っている。
「天宮南斗の愛っつーか執着っつーか、ブラコンっぷりは行き着くとこまでイッちまったどころか突き抜けちまってて……んでもって、それに応えるだけのもんがこいつの側にもあったっつーわけで」
菱井の言葉も歯切れが悪くなり、和地はとんでもない回答に辿り着いた。
「――まさか、デキちまったの……?」
北斗は俯いたまま、頷いた。
「今までどおりにしとかねぇと、変に思われてバレるかもしんねぇから……」
なるほど今では、二人の不仲は周囲に対するカモフラージュであるに違いない。
「こいつらの事知ってんのは六人。和地で七人目ね」
「結構多いな」
「まー、北斗側では俺と俺の妹だけだよ。あとは全員、去年の生徒会役員と顧問。身内の範囲からは出てねーよ」
その中には恐らく酒谷も含まれているのだろう。だから彼は「前年度生徒会のトップシークレット」と言ったのだ。
「わっちゃん――引いた? 俺らの事」
不安そうな顔で問う北斗に対し、和地は真顔で否定した。
「いや、全然。だって南斗だし」
和地の中では全てその理由で片付くのか、と菱井は呆れた。
「オレの南斗に関する最古の記憶は、幼稚園のとき北斗からバレンタインのチョコを貰おうと意気込んでる姿だよ」
「えっ、んな事あったん!?」
「他にも、何かやたら落ち込んでるから理由聞いたら『ほっくんはぼくのおヨメさんになれないんだって』ってのがあったぞ?」
台詞のところだけ裏声で喋ったのがウケたのか、菱井は身体をのけぞらせて爆笑した。
「――で、どっちがヨメさんなの?」
「は?」
「オマエラ両方とも男だろ。ヤるときってどっちが上か下かとかって決まってんの?」
絶句した北斗はますます頭を垂れた。完全に沈黙している。
「和地……お前それセクハラで訴えられても文句言えねーぞ? あと天宮南斗にも訊かねーほうが良いんじゃね? なんか藪を突いて蛇を出す事になるらしーから」
結局、三人はあまり歌わずにカラオケボックスを出た。夕方からバイトがあるという北斗はそのまま自宅に帰るが、メールで用事が入ったと言う菱井は駅に向かうらしい。まだ腹が減っていた和地はファースドフード店に寄るため菱井についていった。
「なー、和地って引っ越さなかったら中学どこだった?」
「北斗達と同じ惣谷一中だった」
「――もし、あんたがこっちで中学通ってたら、あの二人の関係ってもっと違ってたかもな」
「今頃はオープンなブラコン兄弟だろう、きっと」
「……やっぱ俺は天宮南斗に嫌われるんだろーな。そうだ、北斗が和地に抱きついたって噂、絶対天宮南斗の耳に入ってるぜ。月曜日は背後に気をつけろよ」
「ご忠告どうも。でも一番苦労してんのは北斗だろ」
「天宮南斗の心って、狭すぎてハムスターの額程度もねーからなー。俺のカレシの方がその点、すげー寛大よ?」
じゃーな、と菱井は手を振って改札の方へと消えていった。
「……はい? カレシ?」
和地は暫し呆然と、改札口を眺めていた。そして、ぼそりと「こっちって随分進んでるんだな」と呟いた。
「おはよう酒谷サマ」
月曜の朝も和地は、登校するなり真っ先に酒谷に声をかけた。ついでに頭も撫でてみる。
「ちょっと! 人の髪をクシャクシャにするなよ!」
「いやー、酒谷サマの日頃の苦労を思うと突然慰労したくなって」
和地の表情は、心底お気の毒に、と語っている。
「何だよそれ。確かに毎日凄く苦労してるけど」
「……正直だね酒谷サマは。例の件、アッチから全部聞いたから。そりゃ酒谷サマも神経質になるよなぁ」
酒谷は目を瞬かせてから、周囲に聞こえるほどの溜息をついた。和地には酒谷はむしろ喜んでいるように見えたのだが。
和地には偶然を掴み取る才能があるのかもしれない。
北斗(と言うより菱井)から秘密の関係を打ち明けられた翌日、今度はまた別の小学校時代の友人と街で再会したのだ。
彼、満山は上に伸びまくった和地がすぐには判らなかったのだが、南斗の時と同じく詐欺の台詞で呼びかけるとやっと気がついてくれた。
何処の高校に入ったのか訊かれて和地が惣稜だと答えると、満山は「ああ、北斗達の……」と苦笑いを浮かべた。どうやら小学メンバーは全員、双子の仲に気付いているらしかった――それも、南斗の発言が原因で。
「あいつ恋人の名前は一切出さなかったけど、俺達にゃ解っちまったよ……根掘り葉掘り訊いた俺達も悪かったかもだけど、際どいあたりも隠すどころか嬉々として語ってたからなぁ。後で何も知らない北斗が気の毒になって、みんなでマック食いきれない程奢ってやったよ」
彼らは昔と同様に、二人のことを生暖かく見守り応援してやる方針に決めたらしい。和地は「みんなにもオレのこと知らせといて」と連絡先を満山に渡し、近いうちに全員で同窓会を開くことを提案して別れた。
和地が知らなかった数年の間に南斗は随分と間違った方向にパワーアップしているようだ。それに付き合いつつ、表向き立派な生徒会長として役立たせるべく操縦している酒谷の心労と忍耐力は相当なものだろう。和地は心から同情していた。
「オレの目に狂いは無かったな。アンタやっぱり偉いよ、『サマ』が似合うよ」
「……そう思うなら和地は面倒かけないでよ?」
「え? オレは凄く真面目で品行方正ですよ?」
「いや、和地からは限りなくトラブルのにおいがする」
通算三日目でもう信用無いの、と和地は苦笑する。
「そんなこと無いよ、オレ酒谷サマの言うこと何でもきいちゃうよ?」
「――何でも?」
酒谷の眼鏡の端がきらり、と光る。文化祭に向け多忙を極めるこの時期、力仕事が得意そうで南斗の操縦も出来る人材は非常に貴重だ。バスケ部に入るそうだが、部活に支障が出ない範囲で和地をこき使ってやろう、と酒谷は心に決めた。
「よし、僕はその宣言確かに聞いたからな。覚悟しといてよ」
以来、本人の知らぬところで大物らしいと噂されている転入生は酒谷副会長の腹心となった。
「あ、でもミニマムさを愛でるのは許可してくれよ」
「それが一番困る!」
prev/番外編/polestarsシリーズ/目次