【anotherstars - Eclipse the Pleiades 01】
「君が酒谷統君?」
「はぁ、そうですけど……」
突然僕を訪ねてきたのは、生徒会会計の山口先輩だった。
「じゃあ、ちょっと来て♪」
先輩はいきなり僕の腕を掴み、強引に教室から連れ出した。
「なっ、何するんですか!?」
当然、僕は抵抗したが、山口先輩の握力は見かけに反して物凄く強くて、とてもじゃないが振り切るなんて不可能だった。昇降口で逃げられるかと思ったが、先輩はまず僕の手首を掴んだまま、まず一年の下駄箱から僕の靴を出させてそのまま二年の下駄箱まで引っ張っていった。
先輩が僕を連行した先は、理科棟の階段教室だった。
「優ちゃあーん、連れてきたよ♪」
教室内には既に二人の男子生徒がいるようだった。
「……郁美。もう少し静かにしろ」
「えー、イイじゃないこの教室広いんだから。酒谷君引っ張ってきたから許してよ」
山口先輩に声をかけた方は、生徒会書記の小野寺先輩だ。そしてもう一人は。
「……お前、八組の天宮南斗?」
その顔には見覚えがあった。四月の入学式で新入生総代を務めた生徒だ。彼は先日の初の中間試験でも見事一位を獲得し、僕達一年生の間では既にちょっとした有名人だ。
「うん。君は?」
「僕は四組の酒谷統だよ」
それが僕達の出逢いだった。
山口先輩と小野寺先輩が僕達を呼び出したのは、次の生徒会役員選挙に出馬させるためだった。
話を聞いた直後の僕は正直辞退するつもりだった。僕は何故か昔から周囲にやっかい事を押しつけられる事が多い。入学から二ヶ月も経っていないのに、もう僕は何度も矢面に立たされている。この上生徒会役員なんかになってしまったら、余計に苦労する事は目に見えているからだ。
翌日、先輩達に返事をしに行くところで雨宮に遇った。
「酒谷も先輩達のところに?」
「うん。天宮は返事決めた?」
「ああ。俺、立候補しようと思って」
そういって天宮は僕に微笑んだ。
馬鹿みたいな話、彼の笑顔を見た瞬間に僕の鼓動が跳ねた。
たまに女子達から聞こえてくる噂――天宮が浮かべる笑顔はとても魅力的なのだ、という話は事実なのだ、と僕は知った。
この時、僕ははっきりと思ってしまった。
このまま天宮とのかかわりが消えるのは嫌だ、と。
僕は会計、天宮は書記として生徒会役員選挙に立候補し、先輩達も含めて無事に全員当選した。
一年四組のクラスメイト達に僕はもみくちゃにされた。平均よりかなり低い自分の身長が恨めしい。そこに天宮が近づいてきた時は多少へこんだが、僕はそんなそぶりを見せずに天宮に握手を求めた。
僕達の付き合いは長くなるだろうから、よろしく、という気持ちを込めたのだが、天宮のほうはどこか上の空だった。視線が人ごみの中を泳いでいる。
「天宮、誰か捜してるの?」
「ちょっと、ね」
彼は答えをはぐらかしたが、追及する暇は僕達の周囲が与えなかった。
新しい生徒会が発足した直後、天文部を設立するという話が持ち上がった。実は、天宮が書記への立候補を承諾したのはこのためだったのだ。規定の人数を集めるため、小野寺先輩は生徒会役員全員が入部するよう要求した。
そして僕は、迷う事なく「いいですよ」と答えた。
「酒谷、気を遣ってくれてる……?」
天宮がその綺麗なかたちの眉をひそめた。
「別に。僕も『すばる』って名前だから星好きだし。部員イコール生徒会役員なら、生徒会活動に一要素プラスされるぐらいの感覚」
――実は、天宮の下の名前の意味に気づいた時から密かに嬉しく思っていた。
彼の名前である「南斗」は射手座の南斗六星を指している。そして僕の名前は言うまでもなく、牡牛座のプレアデス星団の和名から採られたものだ。
人気者の天宮との間に些細な共通点を持っている事で、僕は誰とも知れない相手に優越感を抱いていた。
天文部の話がある程度まとまると、天宮はこの部の存在をなるべく公にしたくない、と意外な発言をした。
「確かに、君たち目当ての入部希望者が殺到しそうだね」
小野寺先輩が生徒会顧問として引き抜いてきた幸崎先生が、苦笑する。すると天宮は困った顔で、兄に知られたくないから、と付け加えた。
天宮の兄――天宮北斗に対する僕の印象ははっきり言って薄かった。入学式の時、一度天宮と呼び間違えられた事があったが、それ以外に目立ったところは全く無かったからだ。ただ、校内で二人が揃っていたためしが無いので、兄弟仲はあまり良くないんだろう、と噂されていた。図らずも天宮の言葉で裏付けが取れた、と僕は感じた。
next/番外編/polestarsシリーズ/目次