【beforedawn 01】
「九州に? 結婚式?」
「ええ。遠いから前日にホテル入りして一泊しようと思うの」
「お前達二人は家で留守番だな」
父さんがそう言うと、北斗が不満の声を上げた。
「えぇ、俺、九州行ってみたいのに」
「親戚の結婚式なんて、よくていとこまでなんじゃないかな」
「ちぇー……」
「どうせ北斗はお土産目当てなんじゃないの?」
北斗をからかいながらも、俺はこの家に俺達だけが残る、という状況に動揺していた。
恋人と一晩、ふたりきり。
それが意味するところを期待しないほど俺は聖人君子じゃない。それどころか、北斗に恋し始めたその時から、ずっと願ってきたことだった。
あの夜の学校の追走劇以来兄弟で恋人という関係になった俺達だけど、寄り添って寝ることとキス以外の行為は一切、していない。
無防備な北斗の寝顔を間近に見れ、身体に触れることができる距離にいられることが幸福以上の拷問なのを、俺はつくづく思い知った。俺の理性をかろうじて支えているのは、北斗を襲って泣かせたあの夜の苦い記憶だ。怯えきっていまここにいる俺じゃない俺を必死で呼び続けた北斗の声は耳にこびりついていて、何の前触れもなく突然、甦る。
キスはさせてくれる北斗だが、あれがトラウマになっていないという保障は全く無い。あいつに二度と怖い思いをさせない――それが、俺に許しを垂れてくれた北斗に出来る唯一最大のことだ。
俺が自分自身を抑制できるもう一つの大きな理由は、俺達が実家暮らしであるということだ。俺達の恋を最も知られてはならないのは両親だ。もし発覚して引き離されてしまうようなことになれば、未だ子供で社会的なちからを持たない俺に来る抵抗は少ない。添い寝にだって相当なリスクがかかっている。
だが、二人とも家にいないとなれば、その間俺と北斗が何をしようと知られることはない。
絶好の状況と、北斗をまた追い詰めるかもしれない恐怖とで、俺は激しく葛藤していた。
「あぁ、これどうしよう」
地学準備室で天体観測までの時間つぶしをしているときだった。酒谷が持ち上げたのは、部活中に俺と彼とで作成した手作りのプラネタリウムだ。
「どっか空いてるところに来年まで仕舞っとく? 僕が言うのもなんだけど、結構良い出来だし、また使えるでしょ」
「――待って」
俺は、冬に幸崎先生から聞いた話を思い出した。先生がこのプラネタリウムを北斗に披露したとき非常に好評だったらしい。部屋で見れたら最高だ、と言っていたとも。
「それ、俺が貰ってもいいかな」
「なに、天宮。作ってるときはそこまで興味無くなかった?」
確かに酒谷の言うとおり、これの制作は生徒会業務や観測の合間の息抜きみたいなものだったから、彼に少し奇妙に思われるのは、仕方がない。
「見せたい人がいるんだ」
「ふーん。なら僕は構わないけど」
酒谷はもの言いたげに俺をちらりと見たが、やはりいつものようにそれ以上の詮索はしてこなかった。
未だ酒谷に対して仮面を被ったままでいることには罪悪感がある。だが、周囲からは仲が悪いと認識されている、双子の兄との恋愛はやはり打ち明けづらかった。
俺は所有権を譲り受けたプラネタリウムを持ち帰ると、それを自分の部屋に隠した。両親がいない日に初めて北斗に見せて、驚かせるつもりだった。
もともと俺が星を追い始めたのは、北斗を想う代償行為のためだ。
結果的には全く成功しなかったが、それでも俺はこの二つの行為をつい重ね合わせてしまう。
二人きりの夜にプラネタリウムを眺めれば、流されずになんとか一晩をやりすごせるかもしれない。そう、俺は考えていた。
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