【beforedawn 02】
当日、俺達は両親を玄関で見送った。帰ってくるのは翌日の夜になるらしい。
「それはいいから、とにかく土産よろしく。俺俺本場の明太子食いたい」
やはり北斗にとっては、日程よりも土産のほうが重要らしい。不安に思ったらしい母さんは、注意しながら北斗を睨んだ。
「大丈夫。北斗は俺がちゃんと監督しておくから」
俺が笑顔を向けると、父さん達が言った。
「最近、お前達随分仲良くなったなぁ」
「本当、一時期は家庭内別居みたいな状態だったのにね」
途端に北斗の様子がおかしくなった。両親は別に、対して意識せずに言ったのだろうが、こちらの態度があまりに変だと薮蛇になるかもしれない。
「二人とも、あまりのんびりしてると飛行機間に合わなくなるよ?」
さりげなく二人を促してから、北斗の後頭部を軽く叩いた。
「北斗。顔に出すぎ」
追い抜きざまにちらりと見た、北斗の顔は少し赤かった。
ひょっとしなくても、あいつも今日これからのことを意識しているのだろうか。
けれど北斗は、その後いつもと変わりない態度で夕飯の事を訊ね、それからクラスメイトから借りたというゲームを出してきた。しかも一人プレイのRPGだ。一瞬、何かの嫌がらせかと思ったけれど、北斗には秘密だ。
多分、両親がいないのを良い事に徹夜でゲームするに違いない。内心とても複雑だが、これでよかったのかもしれない。ただ、せっかく酒谷の厚意で譲ってもらったプラネタリウムだけは今夜見せたい。
「そうだ、北斗」
「なに?」
「暗くなってからならいつでも良いんだけど、北斗に見せたいものがあるんだ。後で俺の部屋に来て」
「あー、うん」
北斗の意識は、明らかに起動中のゲームのほうに逸れている。俺は心の中で酒谷に謝った。
結局一人きりで自分の部屋に篭った俺は、何も手につかない状態でベッドの上に寝転がっていた。
階下にいる北斗を全身が、それこそ髪の毛の先まで意識しているような気がする。本当は、たとえ北斗がゲームに夢中でも構わない、ずっと側にいたいし、抱きしめたい。でもそれ以上のことを我慢できるか、今日ばかりは自分に自信が無い。
「……せめて一緒に寝るのがこのベッドだったらなぁ」
なんて、馬鹿な事ばかり考えてしまう。意識を逸らすために難解な内容の本をわざわざ選んで読んでみたものの、内容は殆ど頭に入ってこなかった。
「南斗、入るぞ」
突然部屋のドアが開けられた時、俺は危うく読んでいた本を顔面に落としそうになった。
北斗が近づいてきただけで、いつもよりずっと心臓の音がうるさい。誤魔化すために部屋の時計を見ると、既に夜の八時を過ぎていた。
「――あぁ、もうこんな時間なのか」
周囲が薄暗くなったため照明を点けたのが最後のまともな記憶だから、かなり長い時間、ただ悶々として過ごした事になる。
そんな俺の、内心での嘆息を知る由も無い北斗は俺に何枚かのピザのチラシを見せてきた。
「チラシ持ってきたけど。お前どれ食いたい?」
「その前に、昼に言ったことだけど」
「俺に見せたいもの、ってやつ? いいよ、それ先に見せろよ。どれ?」
「ベッドの上にある奴」
「あ! これって文化祭の時の!?」
北斗は、俺が指したプラネタリウムを目にするなり目を輝かせた。
「先生から聞いたよ。北斗、これ欲しがってたんだろ?」
「うん、うん! ひょっとしてこれって南斗が造ったん?」
「正確には俺と酒谷がね。あいつに事情話したら、俺に所有権譲ってくれたんだ。点けてみる?」
「おう!」
北斗は嬉しそうな顔で頷いた。頬のところが少し紅くなっている――どうしよう、凄く可愛い。
「ちょっと手伝って。カーテン閉めてよ」
北斗が動いている間にプラネタリウムをセットしようと思ったが、生憎台になりそうなものがない。
「直接床に置くしか無いか……」
「一階からアイロン台持ってくるか? 少しはマシだろ」
アイロン台、という単語で俺は重要なことを思い出してつい、叫んだ。
「あっ! 洗濯物!」
「俺が入れといた。っつかお前が忘れててどうすんだよ。アイロンがけは南斗がやれよ」
俺は何となく決まり悪くて、変な笑みを浮かべてしまった。
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