【大学生編・卵焼き編 その4】
2006.11.24 07:50
「なあ菱井」
「ん?」
「それって――これからどんどん俺のほうばっか好きになって、あいつは冷めてくってことなんかなぁ」
菱井が、突然笑い出した。
「無い! そりゃぜってー無いって! 十六年片想いしてた相手に、両想いになってからたった二年やそこらで飽きるとは思えねーよ」
スッポン以上に食い付き良さそうだからな天宮南斗は、と菱井は言った。
「ちょっと待て。その計算だと俺らが産まれたぐらいからになるんじゃね? そりゃ幾ら何でも早すぎ」
「和地とかの話聞いてると、あながち間違ってねーと俺は思うんだが」
まぁ……確かに園児の頃、プロポーズされてるからな。即答で切り捨てたし、あれがマジもんとは思えねぇんだけど。
「とにかく、さっきの台詞北斗らしくねーから。お前は今まで通り、天宮南斗の性根を叩き直してやりゃーいいの」
「菱井……俺らの関係何だと思ってるん?」
「あいつが愛の暴走のあまり馬鹿やって北斗が叱る。お前も鈍くて天宮南斗が矯正しようと必死だけどな」
それって、良いのか? 悪いのか?
「とにかく、お前ら二人だけで見つめあってる状態から、周りも見れるように進歩しただけであって、お互いに対する気持ちが変わったわけじゃないよ。安心してラブラブしてなさい」
ラブラブって……たまにこいつ凄い表現使うよな。
「なんか、急に卵焼き食べたくなってきた。お前んちの甘い奴。朝、南斗とそういう話したんだ」
味は伝授されてねぇのか訊いてみたけど、「可奈はともかく男の俺はなぁ」と苦笑された。
2006.11.26 19:05
何とかちゃんとした見た目と味の卵焼きが焼けるまで、2パックの卵を消費した。
やはり習ったとは言え、それを思い出しながら一人でそれを再現するのは大変な作業だったのだ。
今夜じゅうに北斗が帰ってきたら、この卵焼きを朝食に出そう。失敗したぶんは……自分の弁当にでもするか。二日連続昼食が卵焼きのみと言うのには辛いものがあるけれど。
夜中に気を張って料理していたせいか、調理道具を片付けると、強烈な眠気が襲ってきた。
2006.11.28 21:28
起きろよ、と体を掌で押され、意識がゆるゆると覚醒する。
「北斗……帰ってたのか?」
「学校あるしな」
そう言って北斗は床に座り込み、片手に抱えていた皿のものを食べ始めた。
「もうちょっと甘いんが良いな。でも焼き加減は良いんじゃね?」
「それ……」
「ん、朝メシ食おうと思って冷蔵庫開けたら、なんか五本ぐれぇ卵焼き入ってんだもん」
これ南斗が作ったんだろ、と北斗ははにかんだ。
「昨日のこと、あとで言い訳はしてもらうけど、とりあえずこの卵焼きで勘弁してやるよ」
篠原さん――君の読みは大当たりだったよ。
北斗は卵焼きを一切れ箸で摘んで、俺の眼前につき出した。遠慮なく食べさせてもらう。
「俺には十分すぎるほど甘いと思うんだけど」
「今度作るときは俺が味の監修してやるよ」
素直につまみ食いと言えば良いのに、って指摘すると、北斗はうるせぇ、って箸の先で俺の頬を突いた。
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