【ふしぎの国のアリス少年 07】
小道をしばらく歩いていると、やがて森を抜け、帽子屋が言ったとおりの立派なフランス式庭園が見えていました。整形された生垣でできた迷路には赤と白の薔薇が咲き誇っています。なにやら庭師らしい二人組が花の手入れをしているようでした。
白ウサギの行方を訊けないか、と考えたアリスは二人組に近づきました。彼らは男女のトランプで、よくよく見ると伸びすぎた枝どころか幹までバサバサと刈っています。かなり乱暴な扱いです。
「あのー、そんなやり方でいいの?」
アリスはついつい気になってしまい、トランプたちに話しかけました。
「いいんすよ、とにかく女王様が来るまでに生垣を低くしなきゃなんないんで」
「女王様はとても気難しい方で、ご自分の目線より高いところに花が咲いているとご機嫌を悪くされるんですよ」
物語に登場する為政者は大抵理不尽と相場が決まっていますが、このトランプ達も普段から苦労していそうです。と言うか薔薇の色は別にどうでも良いんでしょうか。
やがて、遠くからラッパの音が聞こえてきました。
「やばい、女王様そろそろ来るぞ!」
「急いで刈り込まなくちゃ!」
「おねーさん……じゃないな、よくみるとおにーさんか。ここにいると運が悪けりゃ首が飛ぶかも知れないから、逃げた方がいいっすよ」
男のトランプは親切心から忠告してくれたのですが、アリスの超高性能白ウサギレーダーの前には無駄になってしまいました。
トランプ達は女王様が近づくと地面にひれ伏しましたが、アリスは後ろに控えている白ウサギに一目散に飛びつきます。
「白ウサギさん! ごめんね!」
「ちょっ、おまっ!! 何で抱きつくんだよ、いま凄ぇマズいっつぅの!」
「俺、手袋持ってくるの遅れちゃって……酷い目に遭わされなかった?」
「――おい!」
存在を完全に無視された女王様が、手にした錫でアリスの肩を突きました。良いところを邪魔されたアリスは象をも射殺せそうな目つきで後ろを振り返りました。
ところが女王様は一向に動じません。流石です。女のトランプより明らかにちっこくても立派に女王です。むしろ隣の王様の方がびくぶるしています。穏やかでいい人そうなのですが女王様よりかなり背が高いので普段八つ当たりされていないかどうか心配になります。
「お前、見ない顔だな。名前は?」
「アリスと申します、女王陛下」
アリスは取り繕う事にかけてだけは超一流なので、にこりと笑って宮廷式のお辞儀をしました。おつきのトランプ達が何人かだまされて頬を赤らめます。
「ふーん、アリス、ね。お前、白ウサギと知り合いなの?」
「ええ」
「クリケットは?」
「出来ます」
「……じゃあ、あんたに僕の試合相手になってもらおうか」
女王様は不敵に笑うと、行くよ、と一同を促しました。
生け垣の刈り込みが終わっていなかったトランプ二人組は、女王様の意識がアリスに逸れたことにほっと息をつきました。
クリケット場までの道行き、アリスと白ウサギは女王夫妻の後ろを並んで歩きました。白ウサギは心配そうな表情でアリスをちらちら見ています。当のアリスは、心なししょげた白ウサギの耳が可愛い、なんてことを考えていましたが。
「さっきも訊いたけど、白ウサギさんはお仕置きで酷いことされなかった?」
「いや……170センチぐらいの高さに仕立てた蔓薔薇の鉢植えを宮殿に放置してこい、って言われて、それがめっちゃ重かったぐれぇ」
ぎっくり腰になるかと思った、と白ウサギは無意識に自分の腰をさすりました。
「けど見つかって、正直首切られるかと思ったけどさぁ、王様が取りなしてくれて今日の雑用で勘弁してもらったんだ」
白ウサギはそれから何か思い出したようで、悲しい顔をしながら肩を震わせました。
(to be continued...)
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