INTEGRAL INFINITY : extrastars

【ふしぎの国のアリス少年 06】

 いやそれは、とアリスは帽子屋の申し出を辞退しようとしました。彼の目的は白ウサギの行方を追うことです。あまり時間を無駄にしてはいられません。
 ところがこの帽子屋、本当の職業は別にあるんじゃないか、と思うぐらいの強い力でアリスの肩を掴むと、強引に椅子に座らせてしまいました。すかさず三月ウサギがカップに注いだお茶を差し出します。
 ちゃんとお茶を出してくれるあたり、お茶会そのものはイカレていないようです。
「ボクの趣味は写真でね。アリス君ちょっと見てみないかい? キミの気に入るようなものもきっとあると思うんだが」
 そう言うと帽子屋は被った帽子に挟んでいた紙を一枚引っこ抜き、アリスに差し出しました。

「ここ、これはっ!?」

 興奮のあまりアリスの鼻息が荒くなりました。
 アリス失格です。第一話からそんな感じはしてますが。
「先日、白君が公爵夫人から罰を受けた時の写真なのだよ。恥じらいの表情がよく撮れていると思わないかい?」
「思いますっ!!」
 写真の中の白ウサギは真っ赤な顔で涙目をレンズから逸らしつつ、バニーコートの前をかき合わせるようにして上半身を屈めていました。
 帽子屋の写真の腕は確かなようです。きっと近いうちに写真屋に転職するに違いありません。
 アリスはツン、ときそうになる鼻を意識しながら、出来れば焼き増しを一枚欲しい、と帽子屋に頼みました。

「まだまだあるぜー、ハクトの写真」
 三月ウサギも上着のポケットをごそごそと探って数枚の写真を取り出しました。
「俺達よく一緒に遊ぶから、こいつに記念写真を撮ってもらうんだ」
 そう言って三月ウサギが自慢げに見せびらかしたのは、笑顔満面の二匹が密着している写真の連作でした。三月ウサギと白ウサギはお互い顎の下を相手にこすりつけています。
 写真を見たアリスのこめかみに、ピシリと青筋が浮かびました。
 顎をこすりつけるのは、要するにマーキングです。ウサギのオス同士は気が合わない事の方が多いのに、写真を見る限りでは超ラブラブ。この二匹ならさもありなんですが。
 当然、白ウサギを狙うアリスにとっては非常に面白くありません。彼の三月ウサギに対する印象は負の無限大に発散しました。

「やっぱり俺、白ウサギさんを探しに行くよ」
 アリスは乱暴に席を立ちました。勢いで隣のヤマネが椅子ごとひっくり返りましたが、彼が起きる気配は全くありませんでした。このヤマネ、実はどこかを悪くしているんじゃないか、という疑惑が持ち上がりそうです。
「あれ? まだあんたお茶飲みきってねーじゃん」
「生憎、これ以上は美味しく飲めなさそうだ、って思って」
 アリスは完璧に計算し尽くされた笑顔を三月ウサギに向けました。ただし背景に漂うのは真っ黒邪悪なオーラです。三月ウサギはビクッ、と肩を竦めました。一方の帽子屋は全く動じていません。ヤマネは地面に転がったままです。
「アリス君、これから行くあてはあるのかい?」
「いいや、白ウサギさんの行方は判らないし、そもそも俺はここに来たばかりだから、地理も不案内なんだ」
「ふむ。ならば気をつけたまえ。この家の前を通る道を公爵夫人邸と逆方向に進んでいくと、やがて立派なフランス式庭園に到達するだろう。そこでうかつな行動を取ったりすれば、あたら若い命を喪うことになるだろうからね」
 アリスはもう少し帽子屋から話を聞くべきでしたが、三月ウサギのことで頭に血が上っていたため、忠告を十分に聞かずにその場から立ち去ってしまいました。

 

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 この回をアップした七月四日は、ルイス・キャロルがアリスにねだられておとぎ話を話した日だそうです。