【Sweet Heaven 01】
「菱井は良いよね、男だから気楽に小野寺先輩の家に行けて」
「は?」
同じクラスの綱島さんに突然そんな事言われて、俺のアタマん中はクエスチョンマークでいっぱいになった。
「あたし達は抜け駆けなんかしたら睨まれちゃうからね」
「はぁ……」
そんなのは俺も性別関係無く何年も経験済みだよ、とは心の中だけで呟く。
「あーあ、何で今年は十四日が三年の登校日じゃないんだろう。学校に来てくれてさえいれば、チャンスはあるのにな」
「あのー、さっきからいったい何の話してんの?」
「やだー! バレンタインよ、バレンタイン!」
彼女は心底呆れた、って感じの顔で俺を見た。
「小野寺先輩今年で卒業しちゃうし、第一志望合格したら上京するって言うし。先輩にアピールする数少ない機会なのにこんな事になっちゃって、嘆いてる女子って多いのよ」
「はぁ……」
「念のために再確認するけど、菱井の妹さんもただの幼馴染みで、先輩のカノジョじゃないんでしょ?」
「そーだけど」
確かに可奈は優の恋人じゃなくて自称・小姑だ。実際に優と付き合っているのは俺の方――あー、立場的にはやっぱカノジョになっちまうのか。男なのに。改めて考えると果てしなく腹が立つな。そんなのぜってー世間にバラされたくねー。
「よかった、ならすっごく低くても可能性はあるよね?」
「そ、そーだな」
そもそもカノジョ的立場であるところの俺がカノジョ候補(自薦)にそんな話されてる、っつーのも複雑な気分だな、おい。
そーゆー事があっては、俺も二月十四日を意識せざるを得ない。
昔からバレンタインは優が貰うチョコの多さを見せつけられる日で、こればっかは自分が虚しくなるだけなので、最初から勝負を放棄していた。
去年の今頃は俺と優は単なるセフレ、っつー色気だけあって可愛げ皆無の間柄で、こっちに思うとこが無かったわけじゃねーけど、あの関係でチョコを渡す必然性、俺は全然感じなかった。
呼び出しはかかってたから優のマンションに行って、あいつが持って帰ってきた文字通り山みてーな量の本命チョコ(義理は郁姉の一つだけだった。ついでに言うと俺も優と同じのを貰った)の一つを開封して二人で食った。しかもやる事やった後のエネルギー補給としてだ。あのチョコの贈り主が俺だったら激怒ぐらいじゃ済まねーと思う。ホントに悪い事したなー……。
あれから色々あって今ではちゃんと付き合うようになったけど、流石に男同士の場合、バレンタインどーすりゃいいのか勝手がわからない。やっぱ立場的に俺がチョコ渡すのか? でも本命チョコって男の勲章だし、俺だってどうせならやるより貰う側になりてーよ。
ここは一つ、俺が知ってる範囲で唯一同じ立場の奴に訊いてみるしかねーか。
「え、俺らの去年のバレンタイン?」
「そー。俺の記憶が正しければ、お前らって既に付き合ってただろ」
俺は北斗を久しぶりに自分ちに呼び、去年どーしたのか教えてくれと頼んだ。
「あん時はまだ全然最初って感じで慣れてなかったし、特別な事なんかしてねぇよ」
「あれ、お前が許しちゃったのってもっと後だったっけ?」
「まぁ……ってそっちはどうでも良いだろ。バレンタインは例によって南斗ばっかチョコ貰ってたな。小野寺先輩にゃ敵わねぇだろうけど」
けど北斗が言うには、天宮南斗はチョコを全部親にくれてやったらしい。俺がいるからいらねぇんだって、と言う北斗は耳まで真っ赤だった。
「じゃー、北斗が天宮南斗にチョコやったの?」
「男がやって良いもんか判んねぇから用意はしなかった」
やっぱ北斗も俺と同じところで迷ったんだな……。
「けどその日は俺、バイトあったんだけど、うちのコンビニに南斗が来てチロルチョコ何個か買ってさ。精算終わった奴を剥いて俺の口ん中押し込んでった」
うわー、恥ずーい。流石は惣稜の王子様。
「誰にも目撃されねぇで良かったよ、マジで。一応貰ったは貰ったから、バイト引けてから新製品の板チョコ一枚買って帰った」
「……ごっそーさん」
「え、何だよ」
「十分特別じゃん。アツすぎてこっちが溶けちまいそーだよ、チョコみたいに」
わざとらしく俺が手で顔をあおぐのを見て、北斗の顔は更に赤くなった。
結局、自分がやりたいって思ったらやりゃー良いだけの話なのかもな。
「で、今年は?」
「ん、全然考えてねぇ」
「マジ? 天宮南斗は何か言ってきてんじゃねーの?」
「うんにゃ、別に」
どうも俺には信じらんねーな。
あの、王子様の皮を被った色ボケ北斗バカ(天文部員相手だとこれで十分通用する。酒谷にはバカだけで通じる)がこんな重大ラブイベントに食いつかねー訳が無い。去年はアタマのネジが外れる前だったからチロルチョコ程度だったんだろうけど、今年は北斗に黙って何かを画策してる可能性が非常に大だ。それを北斗に言って良いかどーかは悩むけど。
「菱井。お前がそんな事訊いてくんのってあれだろ、小野寺先輩にチョコレート渡すかどうか悩んでんだろ?」
「まーな。自分が貰ったことすらねーのに、そっちの立場になるとは思わんかったし……」
「泣くな、俺も同じだ」
北斗にとってもやっぱ、義理とチロルはノーカウントみたいだ。
「先輩って甘いもん食えんの? 駄目そうなイメージあんだけど」
「あいつに好き嫌いなんてモノは存在しねー」
「なら、あげたら良いんじゃね? だってバレンタイン過ぎたら、すぐに先輩の二次試験が来んじゃねぇの?」
あー、優の受験本番が控えてんのか。そっちの方は全然考えてなかったな、俺。
「応援って意味でも先輩喜ぶと思うけど」
「センターの時に合格鉛筆渡したぞ」
「それはそれ、これはこれだろ。今回はプライド捨てても菱井が譲れ」
「まさか北斗に恋愛絡みで説教される日が来よーとは……って可奈! いるのは判ってるぞ!」
俺がドアに向かって叫ぶと、やっぱり可奈の奴が外で立ち聞きしようとしてやがった。
「ちぇー。さっきスタンバイしたばっかりなのに」
「誰が聞かせるか」
幾ら可奈に有り余るぐらいの理解があるからって――もし俺に普通のカノジョがいたとして、そっちのノロケ話を聞かれる方がずっとマシだ。
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