【Sweet Heaven 02】
「あれ、可奈子ちゃん。お使い行ってきたの?」
北斗が指差した袋は近所のスーパーのじゃなくて、ちょっと離れたとこにある「お高い」店の奴だった。
「いえ、違いますよ。手作りチョコを作るための製菓材料を買いに行ってたんです」
「じゃあバレンタインにゃ誰かに手作りチョコあげるんだ?」
「えぇっ!?」
俺は思わず変な声で叫んでしまった。
可奈……お前、男は男同士のカップルにしか興味ねーと思ってたのに、いつの間に!?
「あげるって言うかー、クラスで仲の良い女の子同士で手作りを交換し合うんですよ。友チョコって奴です」
「そういや、中学ん時も女子がそんな事やってたな。その分俺ら男子に義理チョコ回してくれりゃ良いのに。なぁ? 菱井」
「あ、うん」
「――お前もやっぱり兄貴なんだなぁ、妹さんに虫が付くの嫌がってんだろ」
笑う北斗に、俺は脇腹を小突かれた。何か複雑な気分だ。
「北斗こそどうなんだよ、弟の周りは虫だらけじゃねーか」
「うっ」
俺の反撃に北斗が声を詰まらせる。その辺りに関しちゃ北斗は思考回路がぶち切れてるから、自分でよくわかってねー感情抱え込んでグルグルするんだよな。
もっと突っ込んでやろうと思ったけど、横で可奈が異様に目を輝かせてんのを見て思いとどまった。
「そうだ、お兄ちゃんや北斗先輩も手作りチョコ作るの、どう?」
「俺ら調理実習、駄目駄目なんだけど」
「大丈夫ですよ、トリュフとかなら簡単に作れるレシピありますから。南斗先輩物凄く喜ぶんじゃないかなぁ」
「いや、アレを調子に乗せんのはどーかと思うぞ……」
けど熱心に誘う可奈に丸め込まれて、北斗はおろか俺までチョコ作る事が決定してしまった。
その日、俺は久しぶりに優の家に来ていた。あいつは元々腹が立つぐらい受験生らしくなかったけど、流石に年が明けてからはお互い自粛の方向性だ。
「優、何読んでんの?」
声を掛けても平然と無視される。
どう見ても参考書じゃねーよな、あれ。優がいつも読んでる奴じゃない、むしろ郁姉が買うような雑誌な気がする。
「……チョコレート特集?」
後ろから覗き込んでみたら、何か超高級そうなチョコが誌面に並んでるんですけど。
「ひょっとして優、バレンタインすげー楽しみにしてたりする?」
「まぁな」
優はやっと俺のほうを向き、ニヤリと笑った。
――これってやっぱ、俺は催促されてんだよな?
「色々あんなー。お前だったらどれ食ってみたい?」
「そうだな……これとか」
げっ!!
確かにすげー美味そうだけど、たった十粒かそこらでCD三枚は買えるじゃねーか!
こいつんちって結構金持ちで外国帰りだし、舌、肥えてんだろーなぁ。それに、黙ってたって女の子から、たくさん高いチョコ貰えんだろーし……。
あ。何か重い、かも。
「次に俺がここ来る日って、バレンタインで良いのか?」
「そうだな、二次試験前はそれで最後だな」
優は、「チョコをよこせ」って直球では絶対に言ってこなかった。それが逆にすげープレッシャーになって俺にのしかかってくるって事を、こいつは良く知っているのだ。
――挑まれたら、受けて立たなきゃ我慢できねー。でも、いつもと勝手の違う事だからか、やたら不安だった。
バレンタインのチョコを作る人間が三人いて、そのうち二人が野郎って言う状況って、どーよ。っつーか、
「……可奈の奴、最初からこの作業を俺達に押し付ける気だったな?」
「まぁ、凄ぇ硬いし分厚いしな。女の子にゃ大変なんだろうぜ」
バレンタイン直前の振り替え休日の日、俺んちの台所で俺と北斗はでっかい板チョコを刻んでいた。何か製菓用の特別な奴らしい。
その一方で可奈は、ココアやら生クリームやらを量る簡単な作業をしている。
「何よ、これはお兄ちゃん達が作るぶんの材料なんだからね?」
「バターって何に使うんだ……?」
「チョコレートに混ぜるんです。あれっ? 今気付いたけど、北斗先輩の髪の色、いつもと何か違いませんか?」
情けねーことに俺も今更気付いたけど、確かに微妙に違ってる。
「あぁ、根元黒くなってきてたから染め直そうかと思ってたんだけど、そしたら南斗が今度はこんな色にしてみて欲しい、って」
北斗の今の髪色は、綺麗なミルクチョコ色だ。
「……食われちゃうわね、これは」
「流石は可奈。俺も同じ事考えた」
俺と可奈は、北斗に聴こえねー大きさの声で会話する。
「チョコレートフォンデュ? は火傷しちゃうだろうし」
「パンに入ってるみてーなチョコクリームか、いやもっと安くて買いやすいチョコレートシロップだな」
「甘いわねお兄ちゃん。固形のチョコレートでも色々できるわよ。しかも手作り、最高じゃない」
「俺の分のチョコ、刻むの終わったけど」
何も知らない北斗が可奈に話しかける。
「――可奈子ちゃん? どうかした?」
「あっ何でもないです。有難うございます! ほらお兄ちゃん、手が止まってるよ!」
可奈は誤魔化すように俺を叱った。ひでー……けど、北斗に聞かせておもしれー話じゃないな。北斗の為を思うなら教えてやったほうが良いのかもしんねーけど、後で天宮南斗に何されるかわかんねーからな。俺だって多少は我が身が可愛い。
「先輩は刻んだチョコを量って、そこのボウルに入れておいてくれますか? お兄ちゃんは火を見てて。沸騰させちゃ駄目だからね」
可奈が教えてくれたトリュフって奴は、温めた材料をボウルのチョコレートにかけて溶かして丸めるだけ……っつーような、ホントに簡単な代物だった。それでも家庭科の成績悪い俺達が一発で綺麗に作るのなんか、無理な話だったけど。
可奈はトリュフを丸める俺達の横で、到底説明できないような難しそうな作業をしている。
「凄ぇなぁ、女の子って。加奈子ちゃん将来良いお嫁さんになるんじゃね?」
「何言ってるんですか、お嫁に行くのはお兄ちゃんのほうですよ」
「なっ……!!」
「私は菱井家存続のために婿を取るんです。でも、この家で親と同居してくれて、お兄ちゃん達の事に理解がある、って条件に当てはまる人、探すの厳しいですよねぇ」
そりゃそうだろな……。
ってゆーか! ってゆーか!
「誰がヨメだーっ!」
「お兄ちゃんが。優兄の売約済みなんだから、近い将来そうなるでしょ?」
「式には呼べよ、菱井。友人代表スピーチ引き受けてやるから」
ほ、北斗までニヤニヤ笑いながら何てこと言ってやがんだ!
「優はわざわざそーゆー事するキャラじゃねぇって! 第一、あーゆーのが好きなのは天宮南斗の方じゃねーのかよ」
あいつ、コスフェチ入った久保っちとは密かに「心の友」らしいからな。北斗に一度はウェディングドレスを着せてみたいと考えてても、ちっともおかしくねー(意表を突いて白無垢はアリかもだけど、文金高島田ってことはねーだろう、流石に)。
けど、タキシード着せた天宮南斗とセットで並べたら案外……っつーか、かなりハマってると思う。サルのぬいぐるみのカップルだってお互い瓜二つなんだから。
過去の統計上、北斗は全力で嫌がるだろーけど。
「え、そうなの? 南斗先輩そういう趣味なの?」
しまった……可奈の興味に、不用意に火を点けちまった。
「あ、あのさ可奈子ちゃん。チョコレートほっとくと固まっちまうんじゃねぇかな」
焦った北斗は何とか可奈の意識を逸らそうとしてたけど、あからさますぎて逆に可奈に食いつかれていた。
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