【Sweet Heaven 03】
「あんなに頑張ったのに、まさかこんなオチがつくなんて思わなかった。凄いショック」
「気合い入れすぎたんじゃねーの?」
俺と北斗を手伝わせて大量の友チョコを作ったと言うのに可奈は、バレンタイン当日に風邪なんか引いてしまった。
「残念だったな、諦めて今日はおとなしく家で寝てろよ」
「ねぇ、お兄ちゃーん……」
突然可奈が、普段は滅多に出さないようなしおらしい声で俺を呼んだ。熱で瞳も潤んでるし、こんなだと久保っちが「妹が欲しい」って気になるのが解る気がする。
「私の変わりにチョコレート、うちのクラスに持っていって。私からだって女子の誰かに渡せば、後は向こうで配ってくれると思うから」
可奈は諦められないらしい。せっかく作ったチョコや俺達の労力が無駄になるのは、俺としても悲しい。
「わかったよ、持ってくよ」
「もう全部ラッピングして紙袋に入れてあるから」
確かに、机んとこに紙の手提げ袋が二つ置いてある。
「白いのがクラス用、チェックのが部活用って言えばわかるから。あとね、白い方に青いラッピングの箱があるでしょ?」
「んー、これか?」
「そう。それ北斗先輩に渡しておいて」
「あー、わかっ――ええーっ!?」
まっ、まままままさか、可奈!?
「ちょっと、義理よ、義理。って言うか、差し入れ?」
よ、良かった。さっきは地面がひっくり返ったかと思うぐれーの衝撃受けたぜ。
「北斗先輩、多分エネルギー補給必要なんじゃないかなぁ。もしかしたらチョコレートなんて見たくない、って思ってるかもしれないけど」
「可奈……」
っつーか、お前優と同じ思考回路してねーか?
そう思ったけど、言えるわけがなかった。
登校した俺はまず可奈のクラスに行き、言われたとおりに二つの紙袋を預けてきた。よく可奈のところに遊びに来る佐藤さんって子が受け取ってくれたけど、何か目が妖しく光ってたのは――気のせいだと思いたい。
自分の教室に入ると、クラスの女子達も可奈みてーに友チョコ交換で盛り上がっていた。横で男子達が、その様子を恨めしそうに眺めている。
北斗は自分の机に突っ伏していた。
「貪り食われたな、ガツガツと」
「んだよ、菱井……何で判んだよ」
「そりゃー、お前の目や動作を見りゃ、一発だよ」
二学期の終業式の朝も、今朝と同じで明らかに消耗しきってたからな。俺とか酒谷や和地みてーに「事情」を知ってる人間にゃ、すぐに判る。
出歩きたくなんかねーだろうに、無遅刻無欠席にこだわる北斗は絶対に学校に出てくる。三ヵ年皆勤のいったい何処に北斗を惹き付ける要素があるのか、俺の個人的な七不思議の一つだ。
多分、天宮南斗はツヤツヤテカテカしてんだろーなぁ。今日この後、被害を被るのは間違いなく酒谷だ。ご機嫌な天宮南斗のオハナシは、そりゃー破壊力があるらしくて、酒谷はよく俺や和地に愚痴ってくる(この件は北斗に対する数少ねー秘密だ)。なのに毎度きちんと聞いてやるだなんて、酒谷ってどんなマゾなんだよと思ったけど、本人曰く聞いてやらなきゃ幸崎先生にお鉢が回るらしい。流石に教師に話し出すのはまずいだろ。しかも北斗が気に入ってる相手だし。
「にしても、日付が変わった瞬間からバレンタイン、っつー発想がなー」
ホント、実に天宮南斗らしい。可奈はこの事態を予測してたのか。あー、そうだ、北斗にアレ渡さねーとな。
「北斗。お前チョコは二度と見たくねー、って思ってたりする?」
「……いんや、液状じゃなかったら多分平気」
「やっぱフォンデュ大作戦だったのか」
ココアも暫く飲みたくねぇかも、と北斗は重い溜息をついた。
「っつぅか菱井、『やっぱ』って何?」
俺がしらばっくれようとしたちょうどその時に担任が教室に入ってきた。俺は結局、可奈から預かったチョコを渡しそびれてしまった。
昼休みになっても北斗はまだ、虚ろな目でサンドイッチを囓っていた。
「いつも思うんだけど北斗、毎度引きずりすぎじゃねーの」
「単に持ち直すだけの気力がねぇんだよ。いいじゃん誰も事情なんてわかんねぇよ」
「ここが共学で良かったな」
「は?」
可奈が読んでる本の世界みてーなとこだったら、こいつ絶対襲われてるぞ。
……やべー、俺もだんだん毒されてきてる。
「俺だったらそんな醜態晒すぐらいなら、気合いで何とかするね」
何とかなるお前が変なんだよ、と悪態をつく北斗は放置して、俺は弁当箱を鞄にしまった。代わりに、朝に渡せなかった可奈のチョコを机に出す。
「これ、可奈からお前に。エネルギー補給したら午後はまともに活動しろよ」
北斗は複雑そうな顔して、また机に上半身を倒した。俺は箱を取り上げる。ちょっと雑なラッピングを剥がして、予想外に綺麗なチョコを一粒つまんだ。
「ほら、食わせてやるよ」
俺が言うと、北斗は顔を上げて緩く口を開けた。そこにチョコを押し込んでやると、指先が北斗の唇に触れた。
「ん、んまい」
「ちょっ、お前ら男同士で何やってんのー?」
俺達の様子を見たクラスの連中が冷やかしてくる。
「――本当に、何やってるのかな」
「っ!!」
すげー冷たい呼びかけに弾かれたように、北斗が起き上がる。
「おまっ、何でここにいんだよ!?」
「何で、って、六限の地学のノート、俺と北斗のが入れ替わってたから」
「そんなん今じゃなくても良いじゃねぇか!」
そりゃー、北斗を一目でも多く見たいがための口実だろ……じゃーなくて! こえー、こえーよ!
天宮南斗は、壮絶なまでにキマった笑顔で俺達を見下ろしていた。こいつの場合、笑顔が完璧なほどキレてるからな。
北斗もそれは痛いぐらい解ってるはずなんだけど、テンパってるのか自分の机ん中に入ってた天宮南斗のノートを引っ張り出して、固まった顔のまま大人しくそれを差し出したりなんかしていた。
ノートを交換する間も天宮南斗は容赦ねー視線で俺達を探り、「ふぅん、手作りなんだ」と呟いた。
こりゃー、果てしなくやべー事態かも。隣の北斗をチラ見すると完っ全に青褪めている。
その時だ、天の助けがあったのは。
「あのっ天宮会長!」
顔赤くして緊張しまくってるクラスの女子が、可愛くラッピングされた箱を両手で握り締めながらあいつに声をかけた。
「何?」
「すいません、その、チョコレート受け取ってくれませんか……?」
途端に天宮南斗は笑顔を柔らかくて甘いレベルまで落として、「俺に? 有難う。嬉しいな」なんて(ぜってー心にもねー言葉を)言ってそれを受け取った。
「奈々子ずるい、一人だけ!」
それを見た他の女子達が、私も私も、って慌てだす。天宮南斗はその一つ一つに丁寧な王子様対応するから、俺達に構っていられなくなったようだ。
「助かった……」
「あいつの化けの皮にすげー感謝だよ。アレって殆ど条件反射なんだろ?」
北斗はコクコクと頷く。
事態を喜んでるのは俺達だけで、クラスの他の男子は目の前で繰り広げられる天宮南斗のモテ光景に、「頼むからよそでやってくれ!」って悔しがったり嘆いたりしていた。
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