【Sweet Heaven 04】
結局、下校の時も俺は紙袋を持って帰る羽目になっていた。勿論俺がモテたわけじゃなくて、中のチョコは全部優宛。協定とやらに縛られた女子達の代わりに届けてこい、っつー訳だ。
「何だろうこの途方もねーむなしさ……」
北斗も掛ける言葉に迷ってるみてーで、俺を見て苦笑いしている。
「でもどうせ、いったん帰ったら先輩んち行くんだろ? お前が作ったチョコレート渡しに」
北斗の言うとおり、俺はチョコを家に置いてきていた。どうせ優は学校来ねーんだし、持ち歩いて悪くすんのが嫌だったからだ。
「俺は帰んの嫌だ……」
六限の選択理科は何事もなく終わったらしい。流石の天宮南斗も授業中にちょっかいは出せねーよな。まー、そもそも前から座席は離してるそうなんだけど。
でも一つ屋根の下に住んでんだから、帰ったら逃げ場が無くなるんだよな、北斗は。
「ごめんな、俺がもっと周り見ときゃ良かったんだよな」
「いいって、そこは俺も自業自得だし? それよか――」
北斗はそこで言葉を濁した。俺の目を見ては逸らし、を繰り返す。
「北斗、何言いてーの? 変だぞ」
「いやその、菱井に悪ぃっつぅか」
「ひょっとしてお前、今日本命チョコ貰った?」
俺が訊くと、北斗は決まり悪そうに頷いた。でも頬がちょっと赤い。
「こういうの貰うのって一瞬だけカノジョいた時以来だし……いや、本質的にゃこれが生まれて初めてっぽい……けどお前の前で喜ぶのも悪ぃって思ったし」
去年のバレンタインにはタイミング的に遅かったけど、天宮南斗と派手に喧嘩してからの北斗はむやみやたらな警戒心とかが取れてきて、簡単に言うと親しみやすい感じになった。あの奈良さんの他にこいつを好きになってくれる女子が出てきてもおかしくはねー……それを天宮南斗がどう思うかが問題なんだけど。
ただでさえ可奈からの義理チョコの件で勘違いされてんのに、更にどっかから本命チョコ貰ってきたとなると、あいつが荒れまくるのは必至だ。
とは言っても天宮南斗にSM趣味は無かったはず(酒谷の愚痴だけでこんだけ把握できてるあたり、どーかと思う)だから、せいぜい恥ずかしい事を強要される程度で済むだろう。
「南斗に見つかったら捨てろとか言われそうだけど、でも、やっぱこれは自分で食いてぇんだよ」
「だよなー、男ならやっぱ、そーだよなー」
俺だって、紙袋の中の一つでも俺宛のチョコだったら喜んで食う。
「それにあいつだって笑顔で幾つも受け取ってたじゃん。その後親にやるとは言え、自分の事は棚に上げるんだろーな。北斗、没収されたくなかったら帰る途中で食っちまえよ」
そうする、と北斗は神妙に頷いた。
「ところで、そんなんいつ貰ったんだ?」
「朝来たら下駄箱ん中入ってた」
「あー、俺も帰りに下駄箱開けたら入ってないかな」
そんなことを喋りながら昇降口に行くと、そこは人だかりが出来ててちょっとしたパニック状態になっていた。
しかも、女子ばっか。
「菱井……あれ、何の騒ぎ?」
「いや、俺に訊かれても」
はしゃぎまくる黄色い声は正直、耳が痛くなる。その中に「まさか先輩が」って言葉を聞きつけて、俺達の視線は思わず人混みの中央に向かう。
「マジかよ、小野寺先輩来てんじゃん!」
俺は驚きのあまり、アホ面晒して女子に取り囲まれてる優を見つめた。今日は三年の登校日じゃねーのに、あの子達はきっと優に本命チョコ渡すのを諦められなかったんだろう。俺に預けた連中、今頃すげー悔しがってるに違いない。
うちの学校でもトップクラスに背の高い優は、すぐに俺を見付けた。
「良介、今から帰るのか」
じゃあな菱井、と北斗が小声で囁き、俺から離れる。
「何でお前が学校にいるんだよ」
女子達の冷たい視線の集中砲火を浴びて、俺のセリフはひどく間抜けな内容になってしまった。
「卒業式の件でちょっとな」
それを聞いて俺は納得する。優なら間違いなく、今年の卒業生総代だ。その関係で学校側と打ち合わせか何かあったんだろう。
「俺も今から帰るところだ。行くぞ」
「その前に、チョコは全部受け取っとけよ」
俺が言ってやると、それを合図に女子達のチョコ攻勢が再開される。一段落付くまで、俺はその光景をぼーっと眺めていた。
あいつらにとって、俺はいったい何なんだ?
「何で俺が当たり前のよーに荷物持ちなんだよ……!」
優宛のチョコは、あいつのファン筆頭格っぽい松前さんがテキパキまとめて、俺に押しつけてくださった。本当は、トップは三年の志藤先輩なんだけど、登校日じゃねーから来ていない。優がいるのが変なだけであって。
おまけに校門の外には他校の女子が待ちかまえてて、学校から離れるまでにすげー時間がかかってしまった。
(優を見て動かなかったのはきっと、天宮南斗待ちだろう。北斗に誤爆する子もいそーだ)
「重いか?」
「ああ、嫌味なのかって思っちまうぐれーな!」
しかも紙袋は二つあるから両手塞がってるし。鞄は脇に抱えなきゃなんなくて、すげー辛い。
「お前のなんだから優が持てよ。俺、家に帰っから」
俺は鞄抱えてねー方の手に持ってた紙袋を優に突きつけた。優は片眉上げた微妙な表情でそれを受け取りながら、「そう言えば何で二つ持っているんだ?」と訊いてきた。
「こっちはお前が学校来ねーって思った女子達から預かった奴。あー、言っとくけどこん中に俺からのチョコはねーからな」
家に置いてきたから、って付け加えようとした時、優はがすげー冷たい声で、言った。
「あっちの天宮に渡すチョコレートはあるのにか?」
「なっ……!?」
「しかもご丁寧に手作りだそうだな。よほどお前にとっては大切なんだろうな、天宮の事が」
――チクショー、天宮南斗の仕業か!
卒業生総代が優なら在校生代表はあいつ以外考えらんねー。打ち合わせの後とかに優にチクったのかよ。
けど優も、当てこするように言わなくても良いじゃねーか。
……あー、くそ、何か腹立って来た!
「こっちも受け取れ! さっきも言ったけど俺、帰るからな!」
俺はもう一つの紙袋を優の手に押しつけて、回れ右して走り出した。あれ持って追っかけちゃこれねーだろ。ざまーみろ。
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