【Sweet Heaven 05】
「可奈、体調はどーなんだ?」
「うー、体中が痛いよ。お兄ちゃん、私のチョコちゃんと届けてくれた?」
「佐藤さんに渡しといたぞ。それでオッケーだろ?」
「有り難う。北斗先輩には?」
「あいつ、お前の読み通りフラフラだったぞ。昼休みに餌付けしたら、現場を天宮南斗に目撃されちまって、危うく粛正されるとこだったぜ」
「それじゃ、多分北斗先輩は明日もエネルギー補給必要そうだね……」
「しかもあいつ、生まれて初めての本命チョコも貰ってたからな。ひょっとして今頃修羅場かもしんねーぞ」
具合わりーはずなのに、俺の話を聞いてると可奈の目が輝いてるよーな気がすんのは、気のせいじゃねーだろう。これで元気になられても正直複雑だが。
「で、お兄ちゃんは?」
「あーそだそだ、お前もこれでエネルギー補給しろ」
俺は冷蔵庫から出してきた、俺が作ったチョコの箱を可奈の頬に押しつけた。まだひんやりしてるから、熱がある身にゃ気持ち良いだろう。
「ちょっと、何で? 優兄に渡さなかったの?」
「三年は今日、登校日じゃねーだろ? だから家に置いてきたんだよ」
「だったら今から優兄の家に行くんでしょ? 私に渡してどうするのよ」
「いーんだよ、別に」
俺は床に座り込みながら、優に渡されたチョコの数々を思い出す。
「優の好みは、CD三枚分ぐらいするお高いチョコなんだよ。家庭科アヒルの俺が作った奴なんて口に合わねーだろ、絶対」
それに比べて優ファンの女の子達のには、あの雑誌に載ってたような高級そうな店のやつが多かった。小遣いやバイト代の中からちゃんとバレンタイン費用を取っといたんだろう。勿論手作りっぽいのもあったけど、きっと俺が作るより百倍ぐらい美味いに違いない。
考えれば考えるほど、これで良かったって思えてくる。女子に言われるまでバレンタインの事なんか考えなかった俺が出撃したって負け戦決定。あいつに馬鹿にされるぐれーなら、半端なものなんか出さねーのが正解だ。
「ねぇ、お兄ちゃん。もしかして優兄と何かあったの?」
「別にねーよ」
「だってさっき佐藤さんから、登校日じゃないのに優兄が学校に来てて大騒ぎだった、ってメールが来たんだよ。お兄ちゃん学校で優兄と逢ったんじゃないの?」
「だから関係ねーって。お前、栄養摂って回復しろよ。佐藤さんも心配してたぞ」
俺はチョコを返そうとする可奈の手を押し戻して、可奈の部屋から出た。
午後の予定が無くなった俺は、自分の部屋でCDかけてゴロゴロしていた。こんな時は大抵北斗と遊んでるけど、今日ばかりは無理だろーし。
そういや今年は、義理チョコの収穫も無かったな。郁姉が来てたら一個は貰えたかもしんねーけど。あの人推薦で大学受かってるからヒマなんだろーけど、わざわざチョコのためだけに学校来るような人じゃねーし。
ちなみに可奈は、味見分だけで十分だろ、って用意してくれなかった。
――何か、愛が無くても去年のバレンタインの方がちょっと楽しかった……かも。
いや、その考えってどーよ、俺。スネてるみてーでキモくね?
「良介ちゃーん♪」
「うわっ!?」
突然部屋のドアを勢いよく開けられ、仰天した俺は飛び上がった。
い、郁姉が、何で!?
「あー、何よぅ、その怯えきった顔は。可奈ちゃんのお見舞いに来たついでに寄ってみただけよぅ」
「え、何でその事知ってんの?」
「あたしと可奈ちゃん、メル友だもん」
あー……女同士だし、そういう事もあるわな。
「お見舞い持ってきたん?」
「うん、桃缶をね。それは外せないでしょ」
わー、俺と同じ思考回路。確認しなきゃ良かった。
「良介ちゃんは今ヒマ?」
「ご覧の通り」
「じゃあ、あたしと一緒にお出かけしない?」
郁姉はわざとらしく小首をかしげながら言った。
うん、すげーやな予感がする。
「まさか行き先は優の家、ってオチじゃねーよな?」
「そのまさかだよ」
「断る」
「えぇー、そんなぁ。本当の目的はこっちなのに。やっぱ実力行使しか無いか」
郁姉は俺の腕を掴んで強引にベッドの上から引きずり下ろした。この人、見た目は美少女なのにすげー怪力なんだよな。しかも掴んでるの左腕だし、俺抵抗できねーよ!
「お兄ちゃん、外寒いから上着着ていった方がいいよ」
そこに半纏羽織った可奈が入ってきて、ハンガーに掛かってた俺のジャンパーをおろすとそれを俺の右腕に掛けた。
「可奈! お前ちゃんと布団に入ってろよ」
「うん、お兄ちゃんが出発するのを見届けたらね」
っつーことは、郁姉は可奈の差し金か!
今日の俺は計られてばっかな気がするよ……。
優んちのマンションに着くまでの間、郁姉は上着を着るとき以外ずっと俺の腕を放さなかった。
おかげで周囲からは注目されまくったけど、多分バレンタインに恋人同士がデート、っつー風に思われてんだろうな。カノジョ出来ても郁姉のファンを止めてねー久保っちに目撃されたら、きっと半殺しだ。
郁姉がエントランスのインターホンから優んちを呼び出してる間、俺はなるべくカメラに写んないよう身体の位置をずらした。ここまで来たらもう、逃げる気なんてねーけど、まだ微妙に気まずい。
エレベーターで最上階まで上がると、郁姉は俺を先に追い出した。
「はい、良介ちゃん」
郁姉は「開」ボタンを押したまま片手で器用にショルダーバッグを漁ると、今日見んのは何度目になるかわかんねー箱を二つ、俺に手渡した。
「これ、あたしからの義理チョコね。一個は良介ちゃんの、もう一個は優ちゃんの」
渡しといてね、なんて笑顔で言われて俺は面食らう。
「えーっ、郁姉が自分で渡せよ!」
「デパートのバレンタインフェアで買ったんだけどね、そこ、優ちゃんと一緒に行ったのよ」
「はぁ!?」
俺の言葉を無視して、郁姉は自分の話を続ける。
けど、優と一緒に行っただなんて、それ、贈る意味ってあんのか?
「だからね良介ちゃん、あたしの協力を無駄にしないでね? そうそう、これ忘れてた」
郁姉は意味深な事を言いながら、更にもう一個の箱を上乗せする。
それは、俺が可奈に押しつけたはずの――俺が作ったチョコだった。
「じゃ、頑張ってね♪」
突然エレベーターの扉が閉まり、そのまま郁姉の笑顔は下降していった。
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