【Sweet Heaven 06】
覚悟決めて部屋のインターホン押すと、すぐに優は出てきた。
「入れ」
端的な命令は普段と同じで、身構えてた俺はどっか拍子抜けして玄関から上がった。
俺はジャンパーを脱いで、いつものソファにそれを置く。その裏に俺のチョコは隠しといた。
「あ、あのさ。これ郁姉が渡しといてくれ、って。優は中身知ってると思うけど」
「さぁな。あいつはあても無いのに何個も買っていたから、どれかまでは判らん」
「そ、そーなんだ……」
俺達にやった以外のチョコはどーすんだろ。全部郁姉が食うのか? どんだけの量か知んねーけど、後で体重増えて騒ぎ出したりすんじゃねーだろな。
脱力した俺を見て、優がくっくっと笑う。
可奈のチョコの事言うなら、今しかねーかも。
「優。さっきのさ――北斗にやったチョコ、あれ、可奈から預かった義理チョコなんだよ。あいつ、体力使い果たしてぐったりしてたから、食わせてやってただけ」
優は何も言わない。
俺は言い訳する前より、もっといたたまれねー気分になった。
「じゃー、郁姉の用事も済んだし、俺も言いてー事言ったし、帰るわ」
ところが。
俺より先に、優がソファのジャンパーを取り上げた。
「ちょっ!」
「良介、この箱は?」
せっかく隠しといたチョコは、その甲斐むなしく優に見つかって取り上げられてしまった。
「うー……」
こ、ここは一つ誤魔化しとかねーと。さっきの話があるから、大丈夫だよな?
「それ、可奈から、お前の分の」
「可奈からは、俺の分は作らないと前々から宣言されていたんだがな」
マジ!?
優と可奈、女子達に勘ぐられるぐれー仲良いんだから、用意してるって思うのが普通だろ!
心の中でそう叫んだ後、可奈はチョコを俺に預けるとき優については何も言わなかった事に気付いた。
ホントに最初から、あいつの分は作らねーつもりだったんだ……。
「『私が渡すのは筋じゃない、お兄ちゃんから貰ってね』――そう、可奈は言っていたぞ」
ニヤリ、って笑う優は、とっくに答えなんか知っていて、俺は悔しくて奥歯を噛み締めた。
「なんであの時嘘をついた?」
「ちげーよ! 話す前に優がイヤミ言うからだろ!」
「だが、その後に説明無しで逃げたのにはかわりないだろう」
何故だ、って訊かれて、いよいよ観念するしかなくなった。
「だって……一昨日ぶっつけ本番で作って、見た目とかわりーし味だってきっとたいした事ねーし……どうせ失敗だから、だったら挑戦は来年に回して、手作りじゃなくてお前が食いてーって言った奴買ってきた方が」
「馬鹿だな良介は」
こっちの言葉を、優は情け容赦なく一刀両断する。けど、続きを言う優の視線はどっか甘くて、すげー優しかった。
「お前の家庭科の成績なんぞ知っている。最低限、人が食える範囲の味なら『成功』だろう」
それに、と、優は何処に隠してたのか焦げ茶色のラッピングの箱を俺に差し出した。
どっかで見覚えのある、それは――。
「あーっ、CD三枚分!!」
「何だ、それは。とにかく、これはお前にやる」
「へっ? ……優が食いたい奴じゃねーの?」
「良介は憶えていないのか? 去年、沢山のチョコレートの山の中から、これが一番美味そうだ、とお前が選んだんだぞ」
去年って、あの、エネルギー補給って名目の奴?
確か俺のが疲労激しいだろーから、って、俺に好きなチョコ選ばせてくれたんだよな。優、それがどんなのか憶えてた……?
「郁美に頼んで買いに行くのに付き添って貰った。いや、結果的にはあいつに付き合わされたのか」
あの、優が。
郁姉に頭下げて、女の戦場にチョコ買いに行ったのか――俺のために。
「なー、これ、開けていい?」
優が頷いたのを確認して、箱の包装を解く。高級そうな艶をした一個を咥えると、俺は優の首にかじりついた。
俺の意図を悟った優が唇を合わせてくる。そして二人で、甘ったるいチョコの味を共有した。
「もう一回、する?」
「今度はお前のチョコレートでな」
「じゃあ残りは――エネルギー補給に?」
「おはよ北斗――昨日は大丈夫だったかー?」
登校した俺が一番に訊いたのが、それだ。北斗はなさけねー顔で「菱井ぃぃぃ」と言いながら、縋り付いてきた。
「俺またしばらく部活出らんねぇ、幸崎先生に申し訳無くて顔合わせらんねぇよぅ」
いったい何があったのか問い詰める必要はねーだろう。どうせ近々酒谷が鬱憤晴らしのついでに教えてくれるだろーから。たとえこっちが知りたくなくても。
「なぁ、菱井こそ平気か? 南斗の奴、小野寺先輩にチクったって言ってたから」
「あー、俺の方は何とかなった」
北斗はちょっと不機嫌そうな顔で「そうか」と呟いた。
「俺は今からホワイトデーが怖くてたまんねぇよ」
「あー、そんなもんもあったな。今まで無縁だったけど」
でも、今年は俺も何か考えとかねーとな。
「――あ」
「どうした?」
「あいつ卒業した後じゃん……」
第一志望に受かってたら、優は上京する。
「菱井、大丈夫か?」
さっきまで死にそうな声出してたのに、北斗が俺を気遣ってくれる。
けど、大丈夫。今度は一ヶ月前から判ってんだからな。
「ああ。流石にまだこの街から出てねーだろ」
時期的にゃー合格祝いと兼ねるのにぴったりだな。っつーか落ちるわけねーじゃん、優が。流石に次回はこっちが奮発しねーと駄目だな。
「うん、何か楽しくなってきた」
バレンタインは何かいつの間にか優に一本取られたみてーな感じになってたから、今度こそ優を初手で唸らせてやろう。
チョコ味のキスを思い出しながら、俺は担任に頭を叩かれるまで一ヶ月後のプランを練っていた。
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