菱井と別れた後、俺は職員室に向かった。今夜決行のためにはどうしても、あの人の力が必要だからだ。
あの人は自分の机で小テストの採点をしている最中だった。
「――幸崎先生。忙しいとこ悪ぃんだけど、俺と屋上で内緒話してくんない?」
俺が用件を言い終わると、先生は俺がいったい何をする気なのか、って訊いた。
「先生って前にさぁ、南斗の気持ち知ってる、って言ってたよね? ――それって正直どこまで?」
先生と俺の視線が合う。先生は顔を伏せて、指で眼鏡を押し上げた。
「……そう、か。とうとう、君に全て話さなければならないんだね」
出来ればこの日が来て欲しくなかった、って言って、先生は俺がおごったミルクティーをあおった。
南斗君と最初に話したのは、五月の頭ぐらいかな。
彼は僕に、天体望遠鏡を地学準備室に置いてもらえないかと尋ねてきた。
うちには天文部が無いから自分で買おうと思ったけど、大きい望遠鏡は自分の部屋には置けないから、と言っていたよ。僕も新任だったから許可を出していいかどうか判らなくて、その時は保留にしてもらった。
次に会ったとき、南斗君は役員選挙に当選したら天文部を創るから、僕に顧問になって欲しいと言ってきた。小野寺君との約束もこの時に聞いた。
最初、新しい天文部の存在を公にしたくないと言われたときは、部員全員が人気のある生徒だから、彼ら目当てで入部を希望する子を排除するためだろう、と僕は思っていた。けれど南斗君は、そういう問題もあるけれど、双子の兄に天文学を志していることを知られたくないから、と言った。
このとき僕は単純に、兄弟に将来の夢の話をするのが嫌だという、思春期の微妙な感情が理由なんだと思ったよ。
南斗君の部活動の態度はとても真面目で真剣だったけれど、僕がそれに疑問を持ち始めたのは夏合宿の時だ。
南斗君は自分の名前が星に興味を持った理由と言っていたけど、それなら彼が真っ先に興味を持つのは南斗六星のある南天のはずだ。けれど彼はひたすら北天の星――それも北斗七星と北極星を追いかけ続けた。北斗君も見ただろう? あの、文化祭の展示写真は南斗君が撮影したものだよ。
二人きりの時に尋ねたてみたら、南斗君は本当の理由を話してくれた。多分、彼も秘密を一人で抱え続けることに疲れていたんだろうね。
それからも二人だけの時には、北斗君の事がどれだけ大事なのか、些細な出来事がどんなに嬉しかったか、そういう話を南斗君は僕にしてくれた。
一方で彼は、双子の兄に恋をしてしまった苦しみも全部僕に打ち明けた。君をそういう目で見てしまう自分が嫌だとも、想いを一生伝えられない代わりに星を追い続けるのだとも言っていた。南斗君にとって天文部での活動は、全て北斗君に恋することの代償行為だったんだよ。
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