「うわ、お前の肩のとこ、何?」
体操着に着替えるためにシャツを脱いだ菱井良介の、左肩を目にした天宮北斗が思わず声を上げた。
何かがそこを貫いたらしい傷痕が身体の正面側と背中側、両方にくっきりと残っている。
「あーこれ、小学生ん時の怪我の痕。凄いだろ」
「凄いだろ、って、滅茶苦茶痛そうなんだけど」
「だろーな、高いとこから落ちて、運悪く木の枝貫通したし。今でも左腕、思いっ切り動かすのはつれーけど、ま、普通に生きてるぶんには問題ないしな」
痛みを想像して顔をしかめる北斗に対し、当の本人は平然としたものだ。
恐らくは事故の直後の記憶が殆ど無いからだろう、と菱井は思う。
【Track 00 : Memories】
夏祭りの夜、菱井はいつものように一つ年上の幼馴染みに連れ回されていた。
顔も勉強も運動神経もどれを取っても彼には敵わない、と言われ続けて、けれど外面は異様に良いくせに菱井の前ではまるで王様のように振る舞うこの幼馴染みに、「敵わない」と認めてしまうことだけは悔しくて嫌だった。だから菱井は事ある毎に反抗したけれど、最後に勝つのはいつも彼の方だった。
『なー、そっちってまずくない?』
『何が?』
『戻ろーよ、見つかったらやばいよ』
『花火がよく見える場所に行きたい、と言ったのはお前だろう』
二人が辿り着いたのは神社の敷地最奥だった。
普段から立ち入り禁止になっている崖の際には一本の木が生えており、登って枝にまたがると市内の遠くまで見渡せた。
『すげー! 帰ったら可奈に自慢してやろっと』
最初は尻込みしていた菱井も花火の打ち上げが始まるや歓声を上げてはしゃいだ。
木登りが出来ない一つ下の妹のことは思い出したけれど、どうして幼馴染みが同じ学年の友達を誰も祭り巡りに誘わなかったのか、その点について菱井は今でも考えついたことすら無い。
打ち上げもクライマックスに入った時、突然それは起きた。老木は子供二人の体重を支えきれず、枝が根本から折れたのだ。
落下の際、菱井は咄嗟に幼馴染みを庇った。
気が付いた時、菱井は病院のベッドの上にいた。
霞んでいる視界の中で人影が動く。
『……、――。――――だ』
身体は思うように動かせず、折角取り戻した意識を保つことすら難しくて、その囁きをはっきりと聴き取る事は出来なかった。
一緒に落下した木の枝が左肩を貫通し、反対側の腕や肋を数本折る重傷。あと少し運が無ければ命を落としていた、と医者に言われた。
菱井の両親は詳しいことを語らなかったが、入院やリハビリ等の費用は全て幼馴染みの家が持ったらしい。
しかし菱井が意識を取り戻して以降、幼馴染みが見舞いに来ることは一度も無かった。彼の父親の転勤が重なり、一家は海外へ引っ越してしまっていた。
あれから何年も経った今でも確信している。
名前の字面すら菱井が勝つことの出来なかった幼馴染みは礼を言うどころか、もう二度と会わないだろう菱井に呪いをかけてから去ったのだ
『憶えていろ、良介。お前は一生俺のものだ』
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