「良介、良介!? あなた、意識が戻ったの?」
「あ、かぁ、さん……あいつ、は? あいつどう、なった?」
「――スグル君は無事よ、怪我もかすり傷だけだったわ」
「そ、か。よかった……」
【Track 01 : Start】
枕元に置かれた新品の携帯電話がけたたましい音を立てる。いっこうに鳴りやまないそれに業を煮やした可奈子は、兄の部屋に押し入り、携帯のオンフックボタンを力任せにプッシュした。
「お兄ちゃん! アラームかけたならちゃんと起きてよね!」
「うるせーなぁ……可奈……」
「って言うか、今日入学式なんでしょ」
「そうだった!」
菱井は慌てて飛び起きる。
妹の言うとおり、今日は彼がこれから通うことになる私立惣稜高校の入学式だ。初日から遅刻、と言うのは或る意味オイシイが、吉と出るか凶と出るかの判断は菱井にはちょっと自信が無い。
「お兄ちゃんの着メロ、一体何? うるさいんだけど」
「可奈なぁ、これ、俺がネットで一生懸命調べて作った自信作なんだぞ」
「それで夜更かしして危うく起きられなくなるところだったのね」
呆れた、と可奈子は肩をすくめる。入学祝いにと菱井に携帯が渡されたのは昨日の夜のことだ。
「仕方ねーだろ、元々洋楽はダウンロードサイトにゃねーんだもん」
「お兄ちゃんも素直に日本のメジャー歌手とか好きになってれば良かったのにね」
その時、廊下から幽かに母親が二人を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ほら、さっさと着替えて朝ご飯食べに行こうよ」
「――可奈。ここで兄の生着替えを見ていくつもりか?」
「えー? お兄ちゃんのじゃ別に萌えないし」
可奈子の言葉に菱井は頭を抱えた。
両親の容姿をいいとこ取りしたご近所でも評判の可愛い妹は、悲しいかな男の菱井には何とも理解しがたい趣味をお持ちなのだった。
(俺がここの制服着てるだなんて、けっこー感慨深いなー)
校長の話を右耳から左耳へと貫通させながら菱井はそんなことを考える。
惣稜は自宅から一番近い距離にある高校で、商店街に買い食いに出かけた時によく見かけたその制服に、幼い菱井はほんのりと憧れを抱いたものだ。学力や通学の都合などの理由も勿論あるが、この学校を第一志望に据えた動機はやはり昔の記憶に因るところが大きい。「俺絶対にあの学校に入る!」と息巻いていたのも懐かしい思い出だ。
菱井が過去に浸っている間に、式はかなり先まで進んでいた。
『続いては新入生代表宣誓。新入生代表、一年一組・天宮北斗』
(一組ってことはクラスメイトだ、すげーなぁ。『あ』ってことは先頭の端に座ってるあいつか?)
ところが、高校生活への期待を隠しきれないと言った風情の「はい!」と言う返事はいつまで経っても聞こえてこない。そして天宮北斗と思しき男子生徒は隣に座っているクラスメイトに肩を突かれても微動だにしなかった。
『申し訳ございません、こちらに手違いがありました。新入生代表は一年八組・天宮南斗君です。天宮君、壇上へ』
今度こそ、よく通る返事が体育館内に響き渡った。
本物の新入生代表は背筋がぴんと張っている事を除けば、後ろ姿がさっき菱井の見ていた生徒にうり二つだった。
(双子かー。間違えられた時反応しなかったって事は、こいつ自分と相手に格差ある、って思ってるんかな)
それが、後に菱井の運命を少なからず左右させる事になる親友・北斗に対して最初に興味を持った瞬間だった。
prev/next/Shotgun Killer/polestarsシリーズ/目次