INTEGRAL INFINITY : Shotgun Killer

 入学式直後で最初のホームルーム直前。一年一組の教室内も、初々しい期待に満ちた雰囲気に包まれている。
 菱井が高校で一番最初に割り当てられた座席に着こうとする瞬間を、真後ろの席の男子生徒が使い捨てカメラで撮影した。
「え、何? 何で俺撮んの?」
「気にしないでくれたまえ、ボクの趣味だから。本当は式の最中から撮影したかったし、こんなカメラではなくボクの愛機を持ち込みたかったんだがね」
 いや余計気になるよ、と呟く菱井の事は既に眼中に無いらしく、彼は教室内をあらゆる角度で撮り始める。
(えーと、男子で俺の次……緑川、か。いきなり凄い奇人に当たったなー)
 同性で前後の出席番号同士は、同じクラスにいる間は頻繁に付き合いがあるものだ。その最初である入学式中から隣でパシャパシャとやられたら、菱井の方が居たたまれない思いをしただろう。菱井は緑川にもちゃんと在るらしい理性に感謝した。
「ねぇ菱井君。あの一画だけやたら空気が暗いと思わないかい?」
「お前俺の名前チェック済か――じゃなくて、うん、俺も思った」
 緑川が指差したのは廊下側の一番前の座席――出席番号一番の生徒に与えられた席だ。
 彼は新しいクラスメイト達には一切興味なし、とでも言いたげに机に突っ伏し、身動き一つすらしない。あからさまな拒絶のオーラを放っていた。

 間もなくして教室に担任の教師が入ってきた。長い髪を後ろで一つに縛った、三十代前半ぐらいの女性教師だ。
「みんな、もう入学式での紹介で知ってると思うけど、君島晴子、担当は英文法。みんな一年間よろしく!」
 君島は何点かの事務連絡をすると、初日だからクラス全員で自己紹介をしよう、と言った。
「最初は出席番号一番からね。立ってみんなの方向いて」
 この時菱井は、ずっと背中ばかり向けていた彼の顔を初めて見た。
「――天宮北斗です」
 やろうと思えば幾らでも甘い表情が作れそうな顔立ちだ。しかし前面に押し出された不機嫌さがそれを台無しにしてしまっている。

「言っときますけど、八組の天宮南斗は俺の双子の弟ですが、あいつ目当てで俺に声かけないで下さい」

 北斗はそれだけ言うと着席した。
 教室中がシン、と静まりかえる。
 君島も最初、どう反応して良いか判らない様子だったが、北斗がそれ以上何も言う気が無いのを悟ると、次の生徒に自己紹介するよう促した。
 後は順調に進み、菱井の番となる。
「菱井良介です。えっと、どういう訳か昔っから惣稜入ろうって思ってたんで入学できて嬉しいです」
 目標は友達百人です、と言うとクラスがどっと沸く。
 菱井が横目で北斗の反応を伺うと、彼はつまらなそうに入学式の式次第の端を折ったり戻したりしていた。
 趣味について幾つか付け加えてから、菱井は自己紹介を終えた。
 注目の緑川は、予想通り写真に対する愛を熱く語り、北斗とは別の意味でクラス中を引かせていた。

 自己紹介が一通り終わった後、高校生活初日のホームルームは終わった。一組は終わるのが遅い方だったらしく、既に廊下には下校するつもりの生徒達が歩いている。
 そんな時、一人の生徒が一組のドアを開けて一歩中に入ってきた。
「あの、すいません。天宮北斗は未だ居ますか?」
 残っていた一組生徒達の視線が、彼に集中する。勿論、菱井も例外ではない。
「え、あれ、天宮って帰ったんじゃ……」
 声をかけられた男子――確か自己紹介で下田と言っていた――は初め混乱していたが、すぐに正解に思い至ったようだ。
「あ、あんた八組の、か。うん、天宮はさっさと帰ったよ」
 下田の歯切れが悪いのは、北斗の自己紹介を思い出したからだろう。
「そうですか。有り難うございます」
 彼、天宮南斗は笑顔で礼を言った。菱井の隣にいた女子から思わず溜息が漏れる。
 南斗の笑顔は蕩けるように甘やかで、自身の容貌の美質を計算し尽くした完璧なものだった。

 

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 「polestars」80話で久保田達が話していた入学式での事件です。北斗が一番刺々しかった時期。