年齢が近く行動範囲や人間関係の殆どを共有する二人が存在するとする。
もしもこの二人の間に、学力や運動神経、更に容姿に至るまで大きな格差があったら、周囲は彼らに対してどう振る舞うだろうか。
(たぶん、天宮「も」普段から相当に弟君と比較されまくってるんだろうなー)
菱井は北斗のことを思うと同時に、自分の過去を振り返っていた。
菱井家の斜向かいにはかつて、菱井より一つ年上のスグルと言う少年とその両親が住んでいた。
ご近所同士と言うことで菱井とスグルのそれぞれの母親は互いに仲が良く、菱井兄妹とスグルは幼稚園に上がるか上がらないかの頃からよく一緒に遊んだ。
しかし――スグルは同年代の誰よりも頭と要領が良く身体能力も高い、しかも将来が楽しみな容姿を持ちついでに女の子にもてる子供だったのだ。当然、周りの大人はスグルばかり褒める。子供達にお前もスグル君を見習いなさい、と言う。
一番被害が大きかったのは、一番近くに住んでいる菱井だった。妹の可奈子は女の子だったためか、そう大したことは言われなかったが、同じ男である菱井はことあるごとにスグルと比較された。何しろ菱井兄妹の母親が率先して言うのだから質が悪い。たとえ親しくても「母親」としての対抗心が在ったのか、今となっては別に知りたくもないけれど、何にせよ比べられる本人にとってはたまったモノではない。幼いながらぐれてしまってもおかしくない。
しかしながら、菱井はそうはならなかった。たとえ成長するにつれ能力差がどんどん開いても、スグルが子供達のリーダー格として振る舞うようになっても、スグルに対して決して屈しない、最初からは負けを認めない道を菱井は選んだのだ。
彼のそんなところをスグルも気に入っていたのだろう。最終的には言うことを聞かせる強引なところは多々有っても、スグルは年下の菱井を対等な、そして最も親しい友達として遇していた。
周り、特にスグルと同学年の連中から妬まれることは多かったけれど、菱井は殆ど一人で立ち向かった。圧力に押しつぶされるのも他人、特にスグルに頼るのも嫌だった。負けん気の強さはそんなところにも表れていたということになる。
菱井とスグルの友情は、菱井の転落事故の直後にスグルの一家が海外に行ってしまった事で途切れ、同時に大人達の比較も無くなった。そんなものだろう、と楽になった菱井は思う。
けれども、高校生活初日から棘を剥き出しているあの北斗の場合、きっと現在進行形でそれが続いているのだ。しかも、比較対象は一生縁の続く実の弟。双子なので顔は同じだけれど、表情があまりに違いすぎる。
(あいつは「俺」だ、スグルに負けを認めたらああなってたかもしれねー「俺」だ)
だから、菱井は北斗と親しくなりたいと思った。
比べられる事に屈して卑屈になるより、自分なりに前向きに生きた方がずっと楽しいのだ、と言うことを知って欲しかった。
そんな、何処か切実な想いがあったからこそ、後に菱井は北斗のために自分が出来る事なら何でもしてやりたい、と思うようになったのかもしれない。
入学式の翌朝、教室で待ち伏せていた菱井は北斗が登校してくるなり声をかけた。
「おはよー、天宮」
面食らった北斗は最初目を丸くして、一瞬後に正気に返ると菱井を睨み付けた。
「お前、昨日の俺の自己紹介聞いてなかったん?」
北斗の怒りを含んだ声を聞きつけたクラスメイト達は、二人を遠巻きにしながらも気になるのか、菱井が次にどう出るのか様子を伺っている。
「トップバッターの言ったこと、憶えてるに決まってるじゃん」
「だったら――」
「別に、八組の天宮南斗の事はどうでも良いよ。俺は一組の天宮北斗と友達になりてーんだから」
菱井が笑うと、北斗は怒ったような困ったような顔になった。
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