INTEGRAL INFINITY : Shotgun Killer

「キミって勇気あるのだねぇ」
 自分の席に戻ったとき、緑川にそう言われた。
「まだ諦めてないのか。菱井って根性あんなぁ」
 翌々日の時限休み中、クラスメイトの久保田と橘に感心された。
「お前、物好きだな」
 そして、毎日のように話しかけ続けて一週間と二日後、北斗本人から呆れられた。

 菱井が昼の誘いをかけ続けて通算七日目。
 毎回逃げていた北斗が初めて「好きにすれば?」と言った。
「やっと俺とメシ食ってくれる気になったんだ」
「何か、放置しといたら地獄の果てまで追ってきそうだったから」
 要するに、一度だけ付き合ってその後は諦めてもらおうと言う魂胆らしい。
 当然そんなつもりの無い菱井は、北斗の隣の席から椅子だけ運んで座った。
「ほんとお前って変。普通最初にああ言ったら近付く気にゃなんねぇだろ」
「友達百人計画達成のためには、出席番号一番の天宮を見逃すわけにゃいかねーんだよ」
 北斗は、コンビニのおにぎりの包装を器用に解きながら怪訝な顔をした。菱井が思ったとおり、彼の自己紹介を北斗は聞いていなかったようだ。
「百人、って正気かお前」
「まーそりゃ自己紹介のジョークって奴じゃん。どのみち天宮のあの発言、はっきり言ってクラスで一番インパクトあったぜ? あれで興味持たねーほうがおかしいって」
 菱井が言うと、北斗は興味もたれないようにしたつもりだったのに、と溜息をついた。
「なぁ――本当に俺なん?」
「何だよー、疑ってんのかよ」
「いや、だって、中学ん時俺に話しかけてきた奴って、俺と同じクラスでも後でぜってぇ南斗の方に流れてったから……」
 菱井は、母親が作ってくれた弁当のウィンナーをつまみながら相槌を打つ。
(こりゃー思った通りっつーか、逆に思った以上に根が深そうだな)
「あいつ頭良いし人付き合い上手いし、俺に何もかも勝ってっから。同じ双子だったらあいつの方が断然良いに決まってんだろ」
「そこも同じかー……」
「何か言った?」
「いや、別に」
 北斗は弟と比べられながらも、いつも心のどこかで相手のことを意識している――そう、菱井は感じた。何故なら、かつての菱井も「同じ」だったからだ。スグルに負けまいと抗っていたのは、決して彼を嫌っていたからでは無い。
 恐らく北斗は自分では全く気付いていないのだろう。だが、擦り傷だらけの心では他人からそうと指摘されても認めることが出来ず、ますます殻に閉じこもってしまうかもしれない。

「だからさぁ、お前も俺なんかに構ってねぇで――」
「いーや、構うね」
「はぁ?」

「俺なら完璧人間と一緒にいてもきっと、疲れてぼろ雑巾になっちまうよ。断言する」

 北斗は剥き終わったおにぎりを持ったまま当惑している。視線を決して外さないよう、菱井は彼の目をまっすぐに見据えた。
「そうだ。信用できねーなら、俺お前のこと『北斗』って呼ぶよ。そしたらお前だって、俺が友達になりたいって思ってる奴が誰なのかはっきり判るだろ」
「さっきも言ったけどさぁ、菱井ってマジ変」
「あ。初めて俺を『お前』以外で呼んでくれた」
 嬉しくなった菱井は、ウィンナーを差し出した。
「ほら。お近づきの印に最後のウィンナーやるよ。俺の好物よ?」
「俺にあーん、とかってやらせる気かよ」
 北斗は苦笑した。それでも、入学式以来初めて人前で見せた、笑いが構成要素に含まれている表情だ。
「とりあえず箸貸せ、箸――ついでに美味そうだから卵焼きも一口くんねぇ?」

 

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 何だこの良北っぷりは……と思わず筆者自身が唸ったわけですが。南斗が小ネタ逃亡編で述懐したように、北斗が菱井に転ばなかったのは奇跡かもしれません。