INTEGRAL INFINITY : Shotgun Killer

「おはよー、北斗」
「……はよ、菱井」
 元気良く声を掛けてきた菱井に、何処かぎこちなく挨拶を返す北斗の姿に一組中がどよめいた。
「凄い、あの天宮が人に挨拶した」
「おれ、絶対に攻略不可能だと思ってたのに。菱井は勇者だな」
 下田の感想がきっかけで、その日菱井は久保田など親しい数人から「氷の姫を救い出した勇者」とからかわれた。
 一方の北斗は「男に向かって姫なんて言うんじゃねぇよ!」と憤慨したが、調子に乗った菱井が小芝居を始めて更にむきになった姿がうけたのか、他の男子達も北斗に対して身構えなくなっていった。

「六月か。へー、うちの学校って生徒会役員選挙早いんだな」
 掲示板に張り出された告知のポスターを見て菱井は言った。
「これに出たい奴って自分に自信ねーと駄目っぽいよな」
 惣稜の現生徒会役員は皆それぞれに大変な人気がある、らしい。他人に関する噂話が大好きな女子達は、入学して二ヶ月も経っていないのにもう生徒会の誰々のファンだ、等という会話をしていたりする。
 週に一度の全校集会の際に登場する生徒会長の顔ぐらいなら菱井も判るが、副会長だの書記だのについては、男に興味を持っても仕方無いので特に知らない。ただし唯一の女子生徒である「会計の山口先輩」だけは、久保田が見かけるたびに騒ぐので顔を知っている。長い黒髪と色白で小さな顔が人形みたいだな、と言う程度の印象と同時に、何故か既視感のようなものを感じたのだが、記憶を深く追求する事はしなかった。
「今人気ある先輩も、選挙終わって人入れ替わったら忘れられたりして」
「ゲンキンだもんなぁ、女子も」
「いーや、俺の山口先輩はそんな事は無い!」
「随分と調子に乗った発言だねぇ、久保田君」
 根拠はあるのかい、と緑川に訊かれた久保田は自信たっぷりに胸を反らして説明を始めた。
「バスケ部の先輩が教えてくれたんだけど、うちの学校の生徒会役員選挙って必ず、前の年度の書記と会計が会長と副会長で立候補するらしいぜ。だから絶対、山口先輩は副会長で立候補するって」
 そしたら俺一人で百票入れる、と息巻く久保田の話を、この時は北斗も笑いながら聞いていた。

 選挙の告知の翌日、北斗は傍目にも判る程暗い表情で登校してきた。
「おい北斗、どーしたんだ?」
「あれ……南斗の奴、立候補するって」
 菱井よりも、二人の周囲にいる他の生徒達の方が反応が早かった。
「えっ、八組の天宮君が選挙に出るの!?」
「うそぉ! 書記と会計どっちか聞いてる?」
「あっちの天宮ぐらい有名人だったら当然かもなぁ」
 周りの会話に、北斗がどんどん不機嫌になっていくのが菱井には解った。
「まー、ほら、北斗が選挙活動するわけじゃねーんだし?」
「解ってるよ、けど絶対にこっちに被害及ぶんだ」

 北斗の言う「被害」は菱井の目にもはっきりと判るものだった。廊下ですれ違う知らない生徒達が「天宮君、選挙頑張ってね」等と声を掛けてくるのだ。背筋の伸ばし具合や表情以外、外見上はうり二つの天宮兄弟を、彼らをよく知らない人間がぱっと見で判別できなくても不思議は無い。
「あぁ、午前中だけで何回だ、俺が南斗と間違えられたのって」
 昼休み、菱井が慰めのために分けてやった甘い卵焼きを囓りながら北斗はぼやいている。
「今日は教室移動あったからなー」
「あいつが書記になったらどれだけ被害増加すんだ……」
 北斗の言葉に「もし」が無い。北斗自身は全く自覚していないが、南斗が落選するはずなど無い、と信じ切ったうえでの発言だ。
「思ったんだけどさー、北斗イメチェンしてみたらどうよ」
「イメチェン?」
「そうそう。中学ん時は無理だったろうけど、うちの校則ってそこそこ緩いから髪染めたりとかできるんじゃねーの?」
 北斗にとって菱井の提案は青天の霹靂だったらしい。何度か目を瞬かせると、そうか茶髪か、と嬉しそうに呟いた。

 

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 菱井家の卵焼きが気に入ったらしい北斗。私自身は、寿司屋の甘い卵焼きも甘くないだし巻き卵も両方とも好きです。