INTEGRAL INFINITY : 拝啓、A君へ

 一階にある大ラウンジに辿り着くまでの間、異様なまでの視線を感じた。
 多分、いや間違いなく本城君に向けられているものだろう。彼と歩いている僕もその余波を浴びているというわけだ。僕自身は他人の注目を集める事が無いため、とても居心地が悪く感じる。
 大ラウンジは既に人で埋まっていた。ソファの数は圧倒的に少ないので、皆床に座り込んでいる。壁際には一段高くなっているところがあって、何人かの生徒とあの灰色トレーナーの人が立っていた。
「本城、こっちこっち!」
 座っている人たちの中から呼ぶ声がかかり、本城君はそちらの方へと向かった。僕もとりあえず彼に従う。
「山形は?」
「なんか午前中にどっか行ったきり行方不明。ま、いつもの事じゃん?」
 声の主は、ふわふわした黒髪の生徒だった。目が大きくて、一見男子高校生には見えない。その点では僕も似たようなものだが、単に成長やら何やらが色々中途半端なだけだ。彼のような可愛らしさとは全然違う。
「あ、そっちが例の『サム』?」
「はい?」
 サム、とは僕の事を指しているんだろうか。
「始まるぞ」
 本城君に注意され、僕はふわふわの彼の言葉の真意を問いただすことが出来なかった。

「みんな揃ったかー? 説明会始めるぞ」
 喋り始めたのは壇の上にいた体格の良い人だった。
「今年度の白樫寮寮長、三年の高原だ。うちも赤樫も寮則は変わらないから、毎度同じ内容で退屈かもしれんが、数少ない新人のためだと思って我慢してくれ」
 寮長は高原先輩、か。役職は体を表す、と言うのだろうか、頼れそうな感じのする人だ。そう言う人だからこそ選ばれた、というのが正解なんだろう。
 それから高原先輩は寮則の一つ一つを説明した。僕を含めた外部生は入学案内に付属していた冊子を事前に読んでいるはずだが、ひょっとしたら、本当の目的は冊子を読み返さない内部生に寮則を思い出させるためなのかもしれない。

「――以上で寮則の説明は終了。続いて寮監の小久保さんからお話を」
 高原さんが紹介したのは、あの灰色トレーナーの人だった。
「あー、寮監の小久保三郎だ。一年坊主どもはじめまして……じゃねーな、入寮ん時に世話したしな。俺ぁ基本的に雑用係で、寮の自治はお前ら生徒の仕事だからそこんとこヨロシク。俺を呼ぶのは部屋の蛍光灯が切れた時とかトイレ詰まらせた時ぐらいにしてくれよ。以上!」
 短いけれどこの人の性格がよく解る話だった。
「あーそれともう一言。お前ら青春真っ盛りだからサカんのは別に結構だが、強引な夜這いだけはやめとけよ。人生棒に振るぞマジで」
 これはどういう意味なんだろうか。
 隣の本城君を見ると、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「うーん、八割五分ぐらい本城のための配慮だねぇ」
「……気分悪い」
「?」

 その後は高原先輩から寮自治会のメンバーの紹介をされ、入寮者説明会は終了した。

 

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 徐々に雲行きの怪しくなっていく学院。