「一つ。部屋に入ったら必ず鍵を掛けること。
一つ。部屋を出るときもルームメイトが居ようが居まいが鍵を掛けること。
一つ。人が来ても相手が誰だか確認するまで絶対にドアを開けないこと」
――部屋に戻るなり本城君はこれからの同居生活(と言って差し支えないだろう)を送るためのルールを僕に言い渡した。全部セキュリティに関係する事だ。
「部屋出るときに鍵持って出るの忘れたら連絡しろよ。あと居所に困ったらさっき会った221号室の黒川を頼れ。あいつだったら安全だから」
ふわふわの彼は黒川君と言うのか。入寮者説明会終了後は結局あまり話が出来なかった。今度会った時は「サム」の謎について質問しなければ。
いや、それより気になるのは。
「あの、本城君。この寮ってそんなに警戒しなければ危険な場所?」
「それは……まぁ、人による」
本城君は言葉を濁し、はっきりと答えてはくれなかった。
もしかして白樫寮には幽霊だかお化けだかが生息していて、霊感のある生徒をおびやかしているんだろうか。僕はそういうのは全く判らない方だが、彼は気配や声などを感じる人なのかもしれない。真面目に言っても誰もが信じてくれる話ではないからぼかしているんだろうか。
「とにかく、これで僕からの話は終わりだ。三星、夕飯前に自分の荷物片付けとけよ」
「うん」
僕は、先行して寮に届けられていた段ボール箱を開け、中のものを部屋に備え付けの棚や机に移した。ベッドの下は収納になっているから、ハンガーに掛ける必要のない服はそこに入れておけば良さそうだ。作業は一時間もかからず終わった。
「三星。まだ届いてない荷物あるのか?」
「ううん、これで全部」
「――少なすぎないか?」
「そう?」
着替え、教科書や参考書、筆記用具とノート。それに携帯電話(入学を機に母親が買ってくれた)の充電器があれば十分だろう。
僕がそう言うと、本城君はその大きい目を丸くした。
「お前、ゲームとか漫画とか、そういうのは全く持ってきてないのか?」
「うん。持った事無いし」
「ほんとか!? 生まれてこの方ずっと?」
僕は頷く。本城君は何度も「信じられない」と呟いた。
「ひょっとして他に趣味と言えるものも無いのか?」
「考えたことも無かったなぁ」
「三星って一体どんな生活送ってきたんだ?」
「勉強してたよ。毎日塾にも通ってたし。スイミングスクールに通っていた時期もあったけど、そんなに長くなかったよ」
泳ぐのは結構好きだったけれど、僕は運動能力が無いので級はなかなか上がらなかった。バタフライのクラスに入る前に中学受験の準備が本格化してきて、スクールは止めさせられた。
「……或る意味僕以上に特殊な境遇の奴がいたとは思わなかった。お前、それはっきり言って辛かっただろう?」
本城君の言う通りかどうか、僕は少し前までの自分を振り返ってみたけれどさっぱり判らなかった。
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