INTEGRAL INFINITY : 拝啓、A君へ

 僕がそうでもないと言うと、本城君ははぁ、だのえぇ、だの言いながら首を捻った。こういう反応は慣れているが、その後は何となく距離をとられる事が今までは多かった。一緒に生活する以上、もしそうなったら困るな、と僕は思った。
「だったら今後は何か新しいこと始める予定なのか?」
「え?」
「ここ山奥だし全寮制だし、塾通いは出来ないだろ? その分の時間はどう使うんだろう、って思って」
「ああ、そう言われれば」
 樫ヶ谷のレベルについていくための自習ぐらいしか考えていなかった僕にとって本城君の意見は新鮮だった。

 僕は何をしたいんだろうか。
 そう考えた時、A君の事が頭に浮かんだ。

「読書したいかな」
 僕が憶えているA君はいつも本を読んでいた。その中に内容が難解そうな物はひとつも無かったし、彼にとっては時間つぶしでしかなかっただろうけど、僕が横目で盗み見た限り彼は楽しそうだった。
「やっぱり内向きだな三星って。でも、そういうことならこの学校は天国だと思うけど」
「うん、図書館の建物は見たけど、あれ凄いね」
 創立者の趣味だよ、と本城君は言った。
「他にすること無いからって本ばっかり読んでた人らしい。そうそう、寮にも小さいけど図書室があるから行ってみたら?」
 あの立派な図書館だけではなく、寮内にもそんなものがあるのか。でも事前に貰った寮の資料にはそんなものは無かったような気がする。僕が尋ねると、本城君はそこが正式には資料室という名前になっている、と教えてくれた。
「こっちは主に自習用って位置づけだから、ラインナップは堅苦しいものばかりだけど」
 どうせならA君が読んでいたような本が良かったのだが、どのみちタイトルが判らないし、この際何でも構わないだろう。
「まだ夕食まで時間があるし、暇だったら行ってみれば?」
「本城君は?」
「僕はいいよ。出たくないし」
 あと鍵掛けるの忘れるなよ、と本城君は僕に釘を刺した。

 資料室は一階の奥まったところにあった。見た感じからして教室一つ分ぐらいの広さだろうか。金属の骨組みの無骨な書架がかなりの密度で並んでいる。通路の幅は人が一人通れれば良いぐらいだろう。
 本城君の言うとおり、収蔵されている本はどれも学術系の専門書ばかりだ。自習用と言うことは、樫ヶ谷の授業レベルはやはりかなり高そうだ。
 理数系はともかく文系、特に古典だったら読めるかもしれない、と思った僕は書架をチェックしながら狭い中を歩いた。
「――あっ!!」
 足元を全く見ていなかったため、何かに躓いて転倒してしまう。だが僕が倒れた先は堅い床ではなく、多少の弾力となまあたたかさがあった。

「……あー、痛い、んだけど」

 なにやら寝惚けた声は、加害者である僕自身が状況に似つかわしくない、と思ってしまうものだった。

 

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 きっと樫ヶ谷の創立者は自分の家に置いておけなくなった本を学校に置いていったんだと思います。