「すっ、すいません! 足下をよく見てなかったので」
僕は慌てて巻き込んだ相手の上から退いた。だが転倒した拍子に眼鏡を落としてしまい、視界がぼやけまくっているせいで、今度こそ床に肩がついてしまった。近くにあるだろう眼鏡を捜すために手をばたつかせてみる。
「……見えないんだ?」
「はい、視力が物凄く悪いので」
僕が答えると、相手は僕の両脇に腕を入れて起き上がらせてくれたうえ、拾った眼鏡を掛けてくれさえした。
「ほら」
「ありがとうございま――す!?」
クリアになった視界に入ってきたものに僕は今日何度目かの絶句をした。
――A君。どういうわけかここで遭遇する人物はみな美形ばかりです。ひょっとして入学条件の一つに容姿があるんでしょうか。
僕は、思わず遠いところにいるA君に心の中で語りかけてしまった。もちろん、この思いつきが馬鹿げた事であるのは自分自身が証明している。
とにかく、この親切な被害者氏も一目でわかるぐらい明らかな美形だった。ただもう「綺麗」としか言いようがない本城君や、可愛らしい黒川君とは系統が違って、普通に男としての容姿が「格好良い」と思う。例えるならば、美術室に置いてある石膏像のような。ただ、さっきの声と言い、どうも眠そうな雰囲気なのが勿体ない。僕が躓くまで眠っていたからなんだろうが。
「……どうした?」
「えっ!? あ、ちょっと打ったところが痛いかなぁ、と」
まさかあなたの容姿について考えていました、とは言えず誤魔化すと、被害者氏はいきなり僕の肩を掴んだ。
「いっ!?」
「……小久保を?」
何を言われているのか最初解らなかったが、彼の形の良い眉が寄っているところを見ると、どうやら寮監の小久保さんを呼ぶほど酷いのか、と訊かれているらしい。
「いいえ、そこまでじゃないです」
そうか、と呟くと被害者氏は資料室の壁にもたれて座り、黙り込んだ。
どうにもいたたまれない雰囲気がこの場に漂う。
仕方がない、早く借りる本を探して立ち去った方が良いだろう。そう思った僕は立ち上がり、再び本棚の本の並びに目を凝らした。
「……名前」
「え?」
この本はどうだろう、と思って腕を伸ばし掛けた途端に話しかけられ、手が止まる。
「……見ない顔だから」
「ああ、僕は今日入寮したばかりなので。外部生の三星参と言います」
「……みつぼし。あんたが黒川の言ってた、本城の」
数少ない、知っている名前が立て続けに二つも出てきて驚く。
「……山形新。黒川の同室」
そう言えば、入寮者説明会が始まる直前の本城君達の会話に、その名前が出てきたように思う。
「じゃあ同じ一年生ですか?」
被害者氏改め山形君は無言のまま頷いた。
「……クラスも同じだけど」
さっきから言葉が極端に短いけど、元々そんな喋り方の人なのだろう。
「そうなんですか。じゃあ一年間よろしくお願いします」
「……ああ」
僕が軽く頭を下げると、山形君はほんの少し微笑んで――そのまま眠ってしまった。
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