「本城君。ただいま」
『――三星か。いま開ける』
本城君は本当に、ドアスコープ越しに僕が三星参本人であることを確認するまでドアを開けなかったし、僕が室内に入ってすぐにドアを施錠してしまった。。これは、僕がうっかり失敗してしまったらこっぴどく叱られるんじゃないかと思う。
「何か良い本あったみたいだな」
「うん。古川柳集借りてきた」
「明日あたり本当に図書館行って来たら? やっぱりそれじゃ勉強するのと変わり無いだろ」
本城君が言うには、ここの図書委員は仕事熱心らしくて、最近のベストセラーなどもジャンル問わず頻繁に入れるらしい。もしかしたらうちの中学にあった、A君が読んでいた娯楽小説も置いてあるかもしれない。
「そうだ。資料室で黒川君のルームメイトに会ったよ」
「山形? あいつ、またそんなところでサボってたのか」
また、と本城君が言っているということは、山形君はサボりの常習犯なんだろうか。
「説明会の時いなかっただろ。山形は面倒な事からはすぐ逃げるからな」
「でも彼、そんなに悪そうな人じゃなさそうだったけど……」
山形君は彼の身体に蹴躓いて転んだ僕を怒らなかったし、眼鏡も拾ってくれた。もし山形君が不良だったら、僕は金銭をゆすり取られていたと思う。
すると本城君は、呆れたような溜息を吐いて言った。
「そりゃそうだろ。あいつは単に眠いのを我慢できないだけで、それ以外は何だって出来るからな。そもそも悪人だったら黒川と同室にされてない。寧ろ黒川の方がタチが悪いかもな」
「そうなんだ。同じクラスみたいだし、親しくできるといいな」
「それは……余計に立場を悪くしそうな気が……」
「?」
そのとき僕らの部屋のドアがノックされた。途端に本城君の方が強張る。彼は他人の気配にひどく敏感なようだ。
「本城! サム! 晩飯行こうよ」
この声は、さっきまで話題に挙がっていた黒川君だ。
「三星。様子見てきて」
言われたとおり確認すると、表にいたのは確かに黒川君で、しかも一人きりだった。
「大丈夫、間違いないよ」
「じゃあ食堂に行くか」
食堂か……中学までは給食だったからか、何だか新鮮な響きがする。A君の高校にはあっただろうか。
「や。久しぶり!」
黒川君は僕の顔を見るなり、右腕をぴん、と天へと伸ばした。ニコニコしているところがまた、彼の愛嬌を引き立てている。
「ま、まだ説明会からそんなに時間経ってないよ?」
「あーそういやそれ以前に会うの二回目だったっけ。心ん中でずっと『サム』って呼んでたから一方的に親友になった気分でいたよ。改めてよろしく」
「……あの、何で僕が『サム』なんですか?」
「だって『三星』って電機メーカーじゃん」
黒川君に言われて初めて、韓国の有名企業を漢字で書くと僕の名字になることを知った。
「サム、って短くて呼びやすくていかにも渾名っぽくてよくない?」
「は、はぁ……」
「僕のことはジョニーでもトムでも、何でも好きに呼んでいいよ」
外部受験組の僕に対する黒川君の気遣いは凄く伝わってくるけれど、僕にはとても「黒川君」以外で彼を呼ぶことなど出来そうになかった。
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