INTEGRAL INFINITY : doublestars

「南斗ー、プール行こうぜプール」
「え、まだ早くない?」
「何言ってんだよ、こないだ隣の市に温水プール出来たじゃん」
 お前の分も水着出してもらったからな、って北斗は言う。
「誰か一緒に来るの?」
「いねぇよ、さっき思いついたばっかだもん。一人はやだけど、南斗がいればいいよ」
 なぁ? って無邪気に顔を覗き込まれるのは凄く好きだった。

 鏡を見てるみたいに同じ顔、並んでも差が全然出ない身長から爪先の形まで同じ、双子の兄弟。
 真っ先に面白いことを見つけてくるのは大抵北斗のほうで、俺はいつも北斗の後を追いかけていた。
 小学校に上がってからは毎年クラスはバラバラでそれぞれ友達はいたけれど、休み時間ともなれば必ずどちらかがもう片方のクラスに遊びに行っていたから、自然と誰がどっちの友達かなんて区別は無くなった。
 それでも、いつだってお互いが一番で特別で、北斗が好きなことを俺も好きなこと、俺の好きなものは北斗の好きなものなのが何より幸せだった。

 もっと幼い頃は、広い子供部屋の中で自分自身と相手との区別すらついていなかったかもしれない。

 初めて意識したのは、小学校に上がるか上がらないかぐらいの頃のクリスマス前だったと思う。
 端折って言うと、要するにサンタクロースにお願いしたはずのプレゼントを何故か両親の部屋の押し入れから発見してしまった、って程度の事なんだけど。
 当時から性格的に何処か醒めたところがあったらしい俺には、取り立てて何の感慨も湧かなかった。ただこの発見を北斗に伝えようと思った矢先、あいつは実に無邪気にサンタクロースが来るのを起きて待ち伏せしよう、なんて言ってきた。
 その楽しそうな顔を見て、本能的に言っちゃいけない、って思った。
 きっと北斗はすんなり納得なんてできなくて、怒ったり喚いたりして両親を困らせるだろう。

 俺と北斗は違う。

 その、認識はかえって「北斗と同じでありたい」という強い欲求を幼い俺に植え付けた。
 俺はいつも北斗と同じ事をしたがって、すぐにそれは当たり前のことになった。
 俺達は何をするのも一緒だった。
 例えば北斗が高熱を出したとき母さんが付きっきりで看病したけど、俺は北斗が母さんを独占してる事じゃなくて、母さんが北斗を独占してる事に嫉妬した。風邪がうつるから、という理由で隔離されるところを本気で抵抗して、北斗が寝かされてる客間に無理矢理入り込んだ。
 退屈だったらしい北斗は俺の顔を見て、熱で上気した顔で嬉しそうに笑った。
 お医者さんごっこや看護婦さんごっこ、なんて無邪気な遊びを母さんに怒られるまでした。
 当然のように風邪を移され、殆ど入れ替わりで寝込んだ俺の所に北斗はやってきた。
『つぎはぼくのばんね』
 流石に熱がある状態でパジャマを脱がせるお医者さんごっこは叱られる、と学習したらしく、北斗は絵本を持ってきていた。
 未だにはっきりと記憶に残っている。
 つっかえつっかえ、幼児向けの「星の王子様」を読む稚い声が。

「なぁ、早く、早く」
 北斗は俺の腕を引っ張って、プールに行こうって催促する。俺はわかったから放してよ、って言って立ち上がる。
 こんな日常がいつまでも続くと、あの頃は信じて疑わなかった。

 きっかけは北斗が友達から俺達のどちらが兄なのか訊かれたことだった。
 今なら戸籍上第一子になっている、北斗が「兄」だと一言言えば済むことだろう。けれど、十二歳になったばかりの北斗や俺にはそんな知識は無くて、それ以前に「どちらが上か」なんて意識が皆無だった。両親も「双子だから一緒に生まれた」と説明していたし、同じであること、ずっと一緒にいることが俺達の至上命題だったから。

「俺は星が七個でお前は六個だから、俺のほうが勝ちだろ」
 その場は北斗が得意満面に言って終わったけれど俺は収まらなくて、貯金箱を割って本を買い、星の話について調べた。
「北斗は死を司ってて南斗は生を司るんだよ。こっちの方がありがたみがあると思うんだけど」
 俺が反論したことで、北斗は二人の間に「差」を見つけることを新しいゲームとして認識したようだった。
 正直、比較内容は名前の漢字繋がり以上は俺達自身と全然関係ない事ばかりだったけど、ネタが尽きるほど遊んだ、って事は、結局俺も北斗もゲームを楽しんでいたからだと思う。
 あの、決定的な一言を北斗が言うまでは。

「北は北極星あるけど、南極星って無いだろ」

 その言葉を聞いた時、何で俺は世界がひっくり返ってしまったかのような衝撃を受けたのか――実は今でも解らないでいる。
 ただ、俺は同じでありたいと思った北斗との間に、双子であっても別人である以上どうしても埋められない溝があるのを感じた。
 サンタクロースの正体を知った日から密かに感じていて、無意識に押さえていた恐れが俺の心を食い破って表に出てきてしまったのだ。
 以来、俺はゲームを続ける気を無くした。北斗は最初はつまらながったけど、自分が勝ったんだ、って事に満足して、じきに別の遊びに興味を持った。俺もいつものように北斗の後をついていった。

 一方で俺は、訳の分からない焦燥の理由を知りたくて、こっそり北極星について調べもした。
 地球の地軸の延長線上にある極点、天の北極に最も近い恒星。3.97日の周期で明るさが変わる、変光星でもある。

 ポラリス。
 キノスラ。
 アルルッカバ。
 ノーススター、ポーラースター、そして――ポールスター。

 父さんが学生時代に使っていた英語辞典に「polestar」を発見した時、それには北極星の他に指針、注目の的といった意味があることを知った。そして即座に俺は北斗を連想した。
 俺はいつだって北斗を追いかけていたから。
 俺の中で、星空と北斗が結びついた瞬間だった。

 追いかけて追いかけて追いついて、北斗と一つになりたい。

 その想いがどんな性質のものなのか、小学生の俺にはまだ解っていなかった。

 

prev/next/doublestars/polestarsシリーズ/目次

 北斗はプールが大好きです。泳ぐのが好き、と言うより水の中にはいるのが好き。水泳の授業でも自由時間が一番好きなタイプ。