INTEGRAL INFINITY : doublestars

 一卵性双生児は、言うまでもなく一つの受精卵が二つに分かれて生まれる遺伝的には全く同じ二人のことだ。
 更に付け加えるならば、受精卵の素である卵子の前々段階になる卵原細胞は胎児の段階ですでに出来ているらしい。つまり俺と北斗は母さんが生まれる前から母さんの体内で一緒だった、と思ってもあながち間違いじゃないと思う。
 けれど別々の人間としてこの世に生を受けた以上、合同だと思っていた俺達は相似にしか成り得ないと思い知ってから、俺の北斗を見る目が次第に変わっていった。

「オマエラ兄弟ってブラコンだよな」
 北斗がいないところで、一度友達に直球で言われたことがある。
「そう?」
「前からいつも二人でくっついてたけどさ、最近ひどくない?」
 その友達は、皆で一緒に遊ぶ時、俺がつい北斗を独占してしまう場面が何度もあったのを指摘したかったんだと思う。それは北斗から見ても度を過ぎた態度だったらしくて、「南斗、変なの」と首を傾げられた。
「特にさぁ、南斗はいつも焦ってるように見えるよ」
「そんなこと無いよ」
 表向きには否定するしか無かったけど、彼の言うことは図星だった。

 あの言葉を北斗が言って以来、月並みな言い方をするなら心にぽっかりと穴が開いたような気持ちと焦りが、俺の中に生まれていた。
 北斗が俺以外の人間と喋っているのを見ると苛々する。
 ましてや別行動なんてもってのほかで、どうしても北斗と離れなきゃならない学校の授業中が嫌で嫌で仕方なかった。

 俺は内心どきどきしていたけど、友達にはそれ以上の深い意図は無かったらしい。
「何でも同じ事してると、そのうち好きな女の子まで被っちゃうんじゃないの?」
 そうなったら相手の子は選ぶの大変だなぁ、なんてのんきな言葉を聞きながら、「好きな女の子」の具体的な想像が出来ない自分に、俺は気付いた。
 よく仲間内でクラスの誰それが可愛い、なんて話をこっそりすることは結構あったし、明確にどの子が好き、と公言してる奴も何人かいた。
 俺も北斗も初恋は未だだったけど、特に気にしたことはなかった。そんなのは俺達だけじゃなかったし、俺にとっては可愛い子に恋をするより、北斗と一緒に遊ぶほうがずっと楽しい事のように感じていた。

 俺が一番安心して居られる場所は、俺達共通の部屋の中だった。
 当時の子供部屋は二階にある広めの和室で、俺と北斗は学習机以外の殆どのものを共有して使っていた。
 寝る時は布団を並べてぴったりくっつけて敷く。二人でその中に潜り込んでこっそりトンネル遊びなんてよくやったし、寝相が悪くて朝起きたら北斗の脚が俺の腹の上に乗っかっていた、もしくはその逆、なんて事もしょっちゅうだった。
 流石に六年生の時は潜り込んでふざけるまではしなかったけど、眠りかけた相手をわざと蹴って妨害する程度はあったと思う。
 先に北斗のほうが寝てしまったのを確認すると、俺は闇の中で目を凝らす。北斗は大抵、俺に背中を向けているか、顔が布団の中に潜ってしまってるかのどちらかだったけど、運が良い時は自分の意識がなくなるまで北斗の寝顔を眺め続けた。
 どうすれば、この胸と、俺と北斗との間に突然出来てしまった隙間を埋められるんだろう。
 判らなくても二人だけの時間と空間は、俺の心を落ち着かせてくれた。

 たった一つの拠り所は、けれどあっけなく取り上げられてしまうことになった。
「あなた達の部屋ね、リフォームして二つに分けようと思うの」
 俺達が中学生になるのを期に、一つの子供部屋で生活していた俺達にそれぞれ個室を与えるのだという。
 最初は母さんが何を言ってるのか、上手く飲み込めなかった。
「今までは畳部屋だったけれど、リフォーム後はフローリングにしてベッドを入れるの、どう?」
 壁で隔てられた二つのベッド。それは、二人きりで並んで寝ていた、あの静かで幸せな時間を永久に喪う事を表していた。
「俺、や……――」
「すっげー! ベッド!?」
 俺の嫌だ、と言う言葉を遮ったのは、嬉しそうにはしゃぐ北斗の声だった。
「俺、一度で良いからベッドに寝てみたかった! だって旅行する時もいつも旅館じゃん」
 なぁ南斗、っていつもみたいに覗き込まれて、俺はもう何も言えなくなってしまった。

 リフォーム工事の間、俺達は父さん達の部屋で一緒に寝る事になった。
 二人きりで眠れる最後の夜、俺は片脚だけじゃなく全身で領域侵犯を決行した。
「南斗、どうしたんだよ」
 俺は黙ったまま、北斗の背中に額をくっつける。薄い肉の向こう側の、硬い背骨の感触がした。
「何だよ、ひょっとして寂しいの?」
 寂しいよ。凄く、寂しい。
 ガキだなお前、って笑いながら北斗が身体の向きを変える。
「もうすぐ中学生になんのに一人で寝れない、なんて言ったらみんなに馬鹿にされるぜ?」
 北斗の言うとおり、俺の気持ちは他人から見ればおかしいんだろう。でも、この夜が「最後」だと思うと素直に望みを言うことが出来た。
「今日だけ、ずっとくっついてて良い?」
「暑苦しいなぁ。ま、いいけどさ。俺『兄貴』だし?」
 北斗は俺の髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き回した。
「部屋出来たらさぁ、俺、お前んとこに遊びに行くよ。お前も俺んとこ来るよな?」
「……うん」
「一緒に寝たかったら、またそうすりゃいいじゃん」
 北斗は簡単にそう言ったけど、俺はそう出来ないだろうという事を薄々感じていた。

 北斗には階段から見て手前の、俺には奥の部屋が宛がわれた。
 つるつるしたフローリングの床は冷たかった。ぺったりと座り込んで周囲を眺めると、どうしても新しい壁が目につく。
 壁の向こう側からかすかな物音が聞こえた。きっと喜んでる北斗が、新しいベッドの上でジャンプしてるんだろう。
 その夜、俺はなかなか自分のベッドに上がれなかった。
 北斗が隣にいない最初の夜は、永遠のように長く感じた。

 

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 書けば書くほど南斗の思考はどんどん夢見がちで病的になっていくような(汗) 北斗は深く考えずに普通に過ごしているぶん、余計にそう感じます。